石川県能美市の総務部に勤める職員が、上司からのパワハラを苦にみずから命を絶ったのは、2025年10月の出来事でした。
第三者委員会がパワハラを認定し、報告書を公表したのは2026年2月10日のこと。
遺書には「上司が日ごろから嫌みを言ってくる」「時間外申請がしづらい環境」という記述があったといいます。
これは単なる職場トラブルではなく、尊い命が失われた深刻な出来事です。
しかし、上司への処分は停職6ヶ月でした。
解雇にはならず、職位は保たれ、6ヶ月後には職場復帰が可能——そういう話なのです。
ネット上のコメントでは怒りが広がり、Xでは「処分が甘すぎる」「組織の体質が問題だ」という声が多く見られました。
市長は会見で「心からおわび申し上げます」と謝罪したものの、公表直前にはアメブロを更新しており、その内容は自民党の選挙勝利を「歴史的圧勝」と称するものだったというのだから、これはなかなかに複雑な気持ちになる話ではないでしょうか。
目次
能美市のパワハラ自死事件:停職6ヶ月の処分は妥当か
「人の命が失われたのに、なぜ解雇されないのか」という声は、多くの人が抱く当然の疑問です。
それは極めて正当な思いだと、率直に感じます。
上司は課長級の職員で、第三者委員会は5件のパワハラを認定しました。
- 「残業三兄弟」と呼ぶ
- 残業申請を拒否す、
- 個人情報を無断共有するなど
これらは明らかな不適切行為なのに、処分は停職6ヶ月でした。
停職とは、一定期間出勤を停止し給与を支給しない処分のことです。
ただし、職位は守られ、6ヶ月後には復帰可能で、退職金への影響も小さいと聞けば、なるほど「それだけ?」という気持ちになるのも無理はないでしょう。
民間企業であれば、こうした結末は珍しいことです。
2015年の電通事件では、社長辞任や賠償が発生しました。
民間では懲戒解雇の選択肢があり、パワハラ自殺事件で適用される場合もあります。
一方、公務員では地方公務員法第29条により、戒告・減給・停職・免職の4段階しかなく、免職は重大犯罪などに限られ、パワハラの標準処分は減給や戒告とされています。
つまり、行政ではこの処分を「重い」と見なすため、世間の感覚との大きなずれを感じてしまいます。
厚生労働省のデータでは、パワハラ相談全体が年間8万件を超え、公務員の処分が軽い傾向にあることも指摘されています。
遺族の「市は職員を大切にしてほしい」という言葉は、心に深く響きます。
このシンプルで切実な願いが、なぜ十分に届かないのか——そこが今回の問題の核心にあるのかもしれません。
処分が軽く見える理由
停職6ヶ月の処分が軽く感じられるのは、公務員制度の構造に起因するところが大きいといわれています。
これを理解するため、行政の論理と一般的な感覚のずれを丁寧に考えてみましょう。
以下に、処分が軽くなる5つの理由を整理します。
①公務員の身分保障の強さ
憲法第15条と地方公務員法第27条により、公務員の身分は強く保護されています。
これは本来、政治的な不当解雇を防ぐためのものです。
しかし、この仕組みがパワハラによる自殺でも職を失わない状況を生んでいるとなると、制度の意図と現実のあいだに大きな溝が生まれているのではないでしょうか。
免職は「職務適格性を欠く場合」に限られ、その解釈は非常に狭いのが現状です。
判例でも停職6ヶ月を相当と認める場合があり、法的には妥当とされることがあります。
民間との差は明らかで、公務員の基準が一般感覚からずれているのは否めないでしょう。
②精神的暴力の深刻さの認識不足
労働安全衛生法はパワハラを精神的暴力と位置づけていますが、行政では自殺との因果関係が免職に十分反映されないのが実情です。
委員会は5件のパワハラ行為を認定しましたが、行為と自死の因果関係が処分の重さに直接反映されない仕組みになっています。
一般では「死に追いやった責任を問うべき」との感覚が強い一方、行政では刑事罰でない限り免職が難しいという壁があります。
このギャップが、多くの人の不満を生んでいると考えられます。
「なぜ刑事事件にならなければ重い処分が出ないのか」という問いは、今後の制度議論においても避けて通れないテーマになっていくのではないでしょうか。
③復帰と退職金の影響
停職は期間中給与なしですが、終了後には復帰が可能です。
退職金も軽微な減額にとどまる場合が多く、免職なら退職金不支給の可能性があるのとは大きく異なります。
6ヶ月後の職場復帰は、遺族にとって理不尽に感じられるのは想像に難くありません。
そして軽い処分は再発リスクを高め、防止の観点からも問題があると指摘されています。
「これくらいなら乗り越えられる」と考える者が出てきてしまうとすれば、制度そのものが職場の安全を守る機能を失っているとも言えるでしょう。
④市長の責任の軽さ
市長の井出敏朗氏、副市長、総務部長も給与3ヶ月20%減額の処分を受けました。
しかし、この減額は金額的に小さく、命の責任を十分に果たしたとは言いにくいのではないでしょうか。
謝罪はありましたが、再発防止策は相談体制の見直しや研修実施といった一般的なものにとどまっています。
民間ではトップが辞任するケースがある一方、公務員トップでは制度上の責任が問われにくい構造があります。
この対応は、責任を問う声に対して物足りないと感じる人が多いのも当然かもしれません。
組織のトップが「形式的な謝罪と小幅な給与削減」で乗り切ることが許されるなら、職員が「上に何かあっても守ってもらえる」と感じることはなかなか難しいでしょう。
⑤遺族の感情の考慮不足
遺族の「市は職員を大切にしてほしい」という言葉は穏やかですが、それゆえに一層重く響きます。
処分は法律に基づいて決まりますが、遺族の感情が直接反映されない仕組みになっています。
理屈ではそう理解できるとしても、命の事案で遺族が納得できない結論が出ることは、法を超えた問題を示しているように思えてなりません。
類似事件で遺族が提訴するケースもあり、それはある意味でこの構造への静かな抵抗なのかもしれません。
「法律の範囲内で対応しました」という言葉が、いつしか「遺族の痛みを見なかった」という記憶に塗り替えられていく——そういう事例は、残念ながら珍しくはないのです。
市長のブログ更新とそのタイミング
次に、市長の対応について触れておきたいと思います。
職員が亡くなったのは2025年10月、公表は2026年2月10日のことでした。
この間、市長はブログを更新していました。
その一つが「歴史的圧勝」というタイトルの投稿で、自民党の選挙勝利を称える内容だったといいます。
入隊・入校の明るい投稿もあったそうです。
市長の仕事は多岐にわたり、日常業務があるのは当然のことです。
しかし、調査中のタイミングで明るい投稿を続ける感覚は、疑問を呼ぶのもやむを得ないでしょう。
>上司からパワハラ、石川県能美市職員が自殺
案の定、自民党系の市長で高市早苗の信奉者。
しかも記事によると処分内容まで既に決定している(=亡くなったのは直近ではない)のに、選挙期間には情報を出さず、自身の管理下で職員が亡くなってるのにこんな能天気なブログまで出してる。 https://t.co/wyzNq0K6Iw pic.twitter.com/9XeXzTZd5h
— ミロワ 【投票は政治参加の“スタート地点”】 (@NastyFilm) February 10, 2026
Xでは「能天気」「危機管理不足」「選挙優先の隠蔽か」という批判が相次ぎました。
背景にはタイミングの問題があります。
能美市議選の投票日は2025年10月19日、告示は同月12日で、職員の自死はその月のこと、調査は9月から始まっていました。
公表は選挙後の2026年2月です。
公表の遅れが選挙への影響を回避するためだったのではとの疑念が生まれるのは、流れとして理解できなくはありません。
行政は否定するでしょうが、タイミングの「偶然」としてはあまりに気になるところが多い、というのが正直な印象です。
市長は2025年1月に自民・立民・公明推薦で無投票3選を果たしており、高市早苗氏との関係は噂レベルにとどまります。
ただ、保守系市長として地盤が固まっているその人が、職員の死という最大の危機にどう振る舞うかは、政治家としての資質を問うものだと言えるでしょう。
会見で謝罪したのは事実です。
石川・能美市職員がパワハラ受け自殺「残業三兄弟」とも 第三者委が上司のパワハラ認定 停職6か月の懲戒処分
#石川県 #パワハラ #自殺 pic.twitter.com/WPNKkuOq6I— あきら (@whiskeyathome) February 10, 2026
しかし、公表直前の明るいブログ更新は、市民に複雑な思いを抱かせます。
「もう次に進んでいる」と感じた人も、少なからずいたのではないでしょうか。
危機管理は言葉だけでは完結せず、外からどう見えているかを考える能力が公人には必要です。
今回の発信には、そうした点で鈍さが感じられるのもまた事実ではないでしょうか。
職員が遺書に残した訴えが認められるまでに数ヶ月かかり、処分は停職6ヶ月でした。
市長は謝罪し給与を減額しましたが、ブログの更新は続いていました。
制度や法律の限界があることは理解できます。
しかし、人の命が失われる現実に行政がより本気で向き合うべき時が来ているのではないかと感じずにはいられません。
遺族のシンプルで重い言葉が無駄にならず、この事件が何かを変えるきっかけになることを、心から願っています。





