冬季オリンピックでモーグルを見ていると、隣り合ったコースを二人の選手が同時に滑り降りる光景に遭遇することがあります。
スノーボードクロスのように先にゴールした方が勝ちだと思い込んでいたのに、遅い方が勝って混乱した、という人も多いはず。
実はこれ、デュアルモーグルという競技で、見た目はレースなのに中身は「技術の総合格闘技」なのです。
2026年のミラノ・コルティナ五輪で初めて正式種目になったこの競技、採点基準を知らずに見ていると「なんで?」の連続になってしまいます。
そんなモヤモヤを解消するために、デュアルモーグルの採点の仕組みから、先にゴールしても負ける理由、同点時の裁定まで、徹底的に掘り下げていきたいと思います。
デュアルモーグルの基本ルール
デュアルモーグルは、赤と青の二つのレーンに分かれたコブ斜面を、二人の選手が同時に滑り降りる対戦形式の競技です。
シングルモーグルと違い、トーナメント方式で一対一の勝負を繰り返しながら頂点を目指していく構造になっています。
審判は合計7人で構成され、内訳はターン担当が4人、エア担当が2人、スピード担当が1人となります。
ここからが独特な点ですが、各審判は「5票」を持っていて、赤コースと青コースの選手に対して票を振り分けていくのです。
振り分け方は5-0、4-1、3-2、2-3、1-4、0-5のいずれかで、赤が完全に優れていると判断すれば5-0、青が優れていれば0-5、わずかに赤が上なら3-2といった具合です。
全審判の票を合計すると、7人×5票で総計35票になります。
この35票のうち、過半数を獲得した選手が勝者となるわけです。
完璧な勝利とは、全審判が片方の選手にすべての票を入れた状態、つまり35-0という圧倒的なスコアです。
逆に、接戦になると18-17のような1票差で決着がつくこともあり、ハラハラする展開になります。
正直、この緊迫感は他の競技ではなかなか味わえないものではないでしょうか。
テレビ中継では、ターン審判の票分布、エア審判の票分布、スピード審判の票が画面に表示されることが多いです。
ターン票は合計20票分あるため、ここで大差がつくと逆転が難しくなります。
エア票は10票分で、ジャンプの難易度やフォーム、着地の完成度で票が偏ります。
スピード票は5票分ですが、タイム差によって振り分けが自動的に決まる仕組みです。
具体的には、タイム差が0.74秒以内なら3-2、0.75秒から1.49秒なら4-1、1.5秒以上の差がつくと5-0という配分です。
両者が全く同じタイムでフィニッシュした場合には2.5-2.5という珍しい分配になり、これが同点を生む原因の一つになります。
中継を見る際には、まずターン票の偏りに注目するとわかりやすいです。
コブをいかに滑らかに吸収し、伸展動作でリズムを刻んでいるかが、この20票に直結するからです。
次にエアの票数を確認すれば、どちらがより難易度の高い技を決めたかが見えてきます。
そして最後にスピード票の差を見れば、タイムレース的な側面でどちらが有利だったかがわかります。
この三つの要素のバランスこそが、デュアルモーグルの奥深さなのです。
デュアルモーグルの採点はなぜわかりにくいの?
デュアルモーグルの採点が分かりにくいと感じる最大の理由は、シングルモーグルとの違いにあります。
シングルモーグルは絶対評価で、ターン60%、エア20%、スピード20%という配分で点数をつけます。
一方、デュアルモーグルは相対評価で、ターン50%、エア25%、スピード25%という配分になっています。
スピードの配分が5%増えているので、一見するとタイムレース要素が強まったように見えます。
しかし実際には、ターンが50%という大きな割合を占めているため、いくら速く滑っても、コブ処理が雑だと票を失ってしまう構造です。
スノーボードクロスのように「先にゴールすれば勝ち」という単純な競技とは根本的に異なります。
7人の審判が持つ35票の行方を追いかけると、採点の仕組みが見えてきます。
ターン担当の4人は、各5票ずつ計20票を握っています。
エア担当の2人は、各5票ずつ計10票です。
スピード担当の1人は5票を持ち、タイム差に応じて機械的に振り分けます。
この35票をめぐる争奪戦が、デュアルモーグルの本質と言えます。
初心者にとって厄介なのは、主観要素が強いターンの採点です。
審判は、フォールラインからの逸脱、カービングの鋭さ、膝の吸収動作、上半身のバランスなど、複数の要素を総合的に判断して票を振り分けます。
エアもまた、難易度と完成度のどちらを重視するかで審判の意見が分かれることがあります。
高難度の技を狙って着地を乱すか、確実に決められる技で美しく着地するか、戦略が問われる場面です。
この選択が勝敗を左右するのですから、選手のプレッシャーは相当なものでしょう。
モヤモヤの正体は、まさにこの配分にあります。
スピードで5票すべてを獲得しても、ターンで相手に16-4のような大差をつけられれば、総票で逆転されてしまいます。
例えば、スピード票を5-0で取った選手が、ターン票で4-1×4人=16-4、エア票で3-2×2人=6-4という結果になったとしましょう。
合計すると、スピード優位の選手が5+4+4=13票、ターン・エア優位の選手が0+16+6=22票となり、後者の圧勝になります。
これが、デュアルモーグルが「速さだけでは勝てない技術格闘技」と呼ばれる理由です。
先にゴールしても負ける?
先にゴールした選手が必ず勝つわけではない、というのがデュアルモーグルの最大の特徴です。
スピードで満票の5票を取ったとしても、全体の35票のうちたった5票にすぎないからです。
残りの30票、つまりターン20票とエア10票で劣っていれば、あっさり敗北してしまう現実があります。
具体例を挙げてみましょう。
タイム差が1.5秒以上ついた場合、スピード票は5-0で速い方に全票が入ります。
しかし、この選手がターンでミスを連発し、審判4人全員から1-4の評価を受けたとすると、ターン票は4-16で大敗します。
さらにエアでも着地を乱し、2人の審判から1-4の評価を受ければ、エア票は2-8となります。
合計すると5+4+2=11票対0+16+8=24票で、速い選手が圧倒的に負けるという結果になります。
こうなると、先にゴールした選手の表情が曇るのも無理はありません。
逆に、0.5秒遅れてゴールした選手が勝つカラクリも存在します。
0.5秒差は、スピード票でいえば3-2か4-1の配分になることが多いです。
仮に4-1でスピード票を失ったとしても、ターンで4人全員から4-1の評価を受ければ16-4、エアで2人から4-1を受ければ8-2となります。
合計すると1+16+8=25票対4+4+2=10票で、遅い選手が大差で勝利します。
デュアルモーグルが「スキーの格闘技」と呼ばれる理由は、この採点基準にあります。
速さよりも、正確なターン技術が優先される世界です。
コブをいかに滑らかに吸収し、リズミカルに伸展動作を繰り返すか、エッジをどれだけ鋭く立てて次のターンに移るか、上半身をどれほど安定させて滑るか。
これらの要素が、スピードという分かりやすい指標を上回る重みを持っています。
実際の試合でも、タイム差が小さい接戦ほど、ターン優位の選手が勝つケースが多いです。
逆に、速くてもラインを逸脱したり転倒したりすれば、即座に敗北が確定する厳しさもあります。
ミス一つで20票が吹き飛ぶ緊張感が、デュアルモーグルの醍醐味です。
同点の場合はどうなる?
デュアルモーグルでは、稀に合計票が17.5-17.5のような同点になるケースがあります。
主にスピード票が2.5-2.5で分配され、ターン票とエア票が均衡した場合に発生する現象です。
7人制の審判構成では奇数票にならない状況が生まれるため、こうした事態が起こりえます。
同点が発生した場合、FISの国際競技規則4304.3.2に基づいて、以下の優先順位で勝者を決定します。
まず、ターン票の合計を比較します。
ターン票も同数なら、ターンを支持した審判の人数を数えます。
それでも決まらなければ、エア票の合計を比較します。
さらに同点が続けば、スピード票、つまりタイム差で判定します。
それでも決まらない場合には、予選順位やFISポイントといった事前の成績まで遡って勝敗をつけるという徹底ぶりです。
ここまで厳密に決められているのは、公平性を保つためでしょう。
デュアルモーグルにおいても、ターン優先の原則は変わりません。
同点になった瞬間、最も重要なのはターン票の合計であり、次にターンを支持した審判の人数になります。
エアやスピードではなく、あくまでターン技術が最優先されるルールです。
この優先順位が示すのは、デュアルモーグルという競技が、いかにターンの質を重視しているかという事実です。
速さやジャンプの派手さではなく、コブ斜面をいかに美しく、正確に滑るかが、勝敗を分ける決定的な要素です。
2026年ミラノ五輪でデュアルモーグルが採用された理由
デュアルモーグルが初めて五輪の正式種目として採用されたのは、観客を熱狂させる要素が詰まっているからです。
シングルモーグルは個人が一人ずつ滑って点数を競う形式ですが、デュアルは隣り合った選手が同時に滑る直接対決です。
ヘッドトゥヘッドのバトルは、視覚的に分かりやすく、ドラマチックな展開が生まれやすいです。
IOCが2022年6月にデュアルモーグルの採用を決定した背景には、テレビ中継での映え方が大きく影響していると考えられます。
並走する二人の選手、途中で繰り出される空中技、そしてゴール後に明かされる票の行方。
これらの要素が組み合わさることで、観客は手に汗握る展開を楽しむことができます。
さらに、男女ともにデュアルモーグルを実施することで、種目数が増え、男女平等の理念にも合致します。
モーグルという人気種目をベースにしながら、新たな戦闘競技としての魅力を加えることで、競技全体の人気向上を狙ったのでしょう。
日本人選手にとっても、デュアルモーグルは大きなチャンスになります。
堀島行真選手や冨高日向子選手は、ターン技術の高さで世界と渡り合ってきた実績があります。
シングルモーグルで安定した成績を残している選手が、デュアルの対決力を身につければ、メダル獲得の可能性が広がります。
デュアルモーグルは、単なるタイムレースではありません。
芸術性とスピードが融合した、新時代の戦闘競技と言えます。
コブをいかに美しく滑るか、空中でいかに難易度の高い技を決めるか、そしていかに速くゴールするか。
これらすべてを高次元でバランスさせた選手が、頂点に立つ資格を得ます。
2026年のミラノ・コルティナ五輪で初めて実施されたデュアルモーグルは、リヴィーニョ会場でトーナメント形式により行われました。
女性では熱戦が繰り広げられ、オーストラリアのジャカラ・アンソニーが金、アメリカのジェイリン・カウフが銀、エリザベス・レムリーが銅メダルを獲得しました。
新たなヒーローが誕生する舞台となったのです。
観客の熱狂、選手の駆け引き、そして予測不能な採点結果。
これらすべてが、デュアルモーグルという競技の魅力を形作っています。
先にゴールしても負ける理由、同点時の裁定、そして採点基準の複雑さ。
これらを理解した上で観戦すれば、デュアルモーグルはきっと、これまでとは違った面白さを見せてくれます。
審判の票分布に注目しながら、選手たちの技術の応酬を楽しむと、より深く味わえます。





