2026年1月、人気番組「探偵!ナイトスクープ」で放送された大家族の日常が、ネット上で異例の大炎上を巻き起こしています。
6人の子供を育てる母親の言動に、X(旧Twitter)、Instagram、ヤフコメなど、あらゆるプラットフォームで世代や性別を超えた批判が殺到しているのです。
良識のある視聴者たちからは「気持ちは分かるけど、さすがにこれは度を越している」「12歳の子供にここまで負担を強いるのは違うのでは」という声が相次いでいます。
正直なところ、私は当初「この家庭がそこまで炎上することだろうか」と冷ややかに見ていました。
しかし、母親のSNSを見ているうちに、色々と察するところが出てきたのです。
そこで今回の記事では、SNSに残された投稿内容や番組での発言を分析しながら、この問題がなぜこれほどまでに多くの人々の心を揺さぶったのか、その本質を探っていこうと思います。
目次
母親のSNSから見える独特な価値観
ヤングケアラー長男の母親が運営するInstagramの投稿を見ると、エステサロン経営者としての華やかな日常や、大家族を切り盛りする様子が数多く綴られています。
6人の子育てをしながら仕事も頑張る姿は、一見するとバイタリティに溢れた現代の働く母親像のようにも映りますよね。
SNSで自分の日常を発信すること自体は、決して悪いことではありません。
育児の合間の息抜きとして、あるいは同じ境遇の人たちとの交流の場として、SNSを活用している母親は少なくないでしょう。
しかし、その投稿内容には、多くの母親が「ちょっと待って」と立ち止まってしまうような表現が散見されるのです。
これは一体どういうことなのでしょうか。
子供を「番号」で呼ぶスタイル
例えば、子供たちを名前ではなく「ファースト」「セカンド」「サード」と番号で呼ぶスタイルがあります。
これは単なる愛称やニックネームの範疇を超えて、一人ひとりの個性を記号化しているように見えてしまうのです。
もちろん、大家族ならではの呼び方の工夫なのかもしれません。
だとしても、我が子を産んだ順番で管理するような呼び方に、違和感を覚える人が多いのも事実でしょう。
皆さんはどう感じられますか。
子供の容姿や体臭に関する投稿
さらに議論を呼んでいるのが、子供の容姿や体臭に関する投稿です。
ネット上に拡散された過去の投稿では、長女を「ブシュ(ブス)」「どすこい」と表現し、長男の体臭を「ほんま我慢ならん」と書き込んでいました。
SNSでウケを狙った強めのジョークだったのかもしれません。
子育ての愚痴や本音を、あえて笑いに変えて発信するスタイルの母親アカウントは、確かに存在します。
しかし、思春期を迎える子供にとって、容姿や体臭は極めてデリケートな問題ではないでしょうか。
それを実の母親から、不特定多数が見るSNSで晒されるという状況は、たとえジョークのつもりであっても、子供の心を深く傷つける可能性があります。
これらの投稿は一度インターネット上に公開されれば「デジタルタトゥー」として残り続けるのです。
将来、子供たちがこれらを目にしたとき、どう感じるだろうか——その想像力が、少し足りなかったのではないかと感じた人はきっと多いでしょう。
育児の大変さを発信することと、子供の尊厳を守ることのバランス。
これは、SNS時代の親が常に意識しなければならない難しい課題なのです。
母親が長男を「道具のように扱う」と批判された理由
番組放送後、最も多くの反応を集めたのが、SNSに投稿されていた「結構使える、長男」という言葉でした。
一見スルーしてしまいそうなこの表現ですが、SNSで多くの人が指摘するようにここにも母親の偏った価値観が見え隠れしています。
確かに、子供が成長して家事を手伝ってくれるようになったとき、「助かる」「頼りになる」と感じるのは自然な感情です。
上の子が下の子の面倒を見てくれたり、食事の準備を手伝ってくれたりすると、親としては本当に救われる瞬間がありますよね。
しかし、「使える」という言葉には、どこか我が子を労働力として評価しているニュアンスが含まれているように感じられます。
長男を一人の人間として慈しむのではなく、自分の負担を減らしてくれる「便利なツール」として見ているように受け取られてしまったのです。
もちろん、母親に悪気があったとは限りません。
何気なく使った言葉が、思わぬ形で誤解を招いてしまうことは、誰にでもあるでしょう。
ただ、この表現が多くの母親の心に引っかかったのは、番組で映し出された長男の過酷な日常と重なったからではないでしょうか。
8歳長女が乳児を抱っこしているシーンも放送されましたが、実は次男・長女にも下の子たちの育児の負担があったのではないかと推測されています。
自分の娘に「顔は残念」とか「モデルが悪い」とか「オブラートに包んでブシュ」とか言ってんのガチでドン引き😅😅😅😅😅#探偵ナイトスクープ #ヤングケアラー https://t.co/qTeLdFQMOg pic.twitter.com/wgptVvxZFr
— ちいかまちゃん🤢 (@yukitichqn) January 24, 2026
母親のSNS投稿から浮かび上がる4つの問題点
ここからは、母親のSNS投稿を詳しく分析していきます。
炎上の火種となった投稿には、子育てに対する独特な価値観が色濃く表れていました。
一つひとつ見ていくと、なぜこれほど多くの人が違和感を覚えたのか、その理由が浮かび上がってきます。
①子供を番号で呼ぶ異常な価値観
ヤングケアラー長男の母親は、子供たちを名前ではなく、「ファースト・セカンド・サード」といった感じで出生順の番号で呼称しています。
大家族ならではの合理的な呼び方として始まったのかもしれません。
あるいは、SNS上でプライバシーを守るための配慮だった可能性もあるでしょう。
しかし、この「番号化」という行為には、心理学的に見て気になる側面があります。
子育てを経験した人なら分かるでしょうが、我が子を呼ぶときの名前には、愛情と願いが込められています。
その名前を使わず番号で呼ぶということは、意図せずとも一人ひとりの個性や感情から距離を置いてしまう効果があるのです。
もちろん、家庭内では愛情たっぷりに名前で呼んでいて、SNS上だけの表現かもしれません。
だとしても、公の場でこうした呼び方を続けることで、子供たち自身がどう感じるかは考える必要があるでしょう。
②長男を「使える労働力」と呼ぶ冷酷さ
さらに注目されたのが、長男がわずか6歳の頃から「使える」と表現していた投稿の存在です。
6歳といえば、小学校に入学したばかりの年齢ですよね。
上の子が下の子のお世話を少し手伝ってくれるようになって、思わず「頼もしい」と感じる——そんな親心は理解できます。
しかし、この年齢から既に「労働力」として評価する視点があったとすれば、少し心配になるのも事実です。
子供には、子供らしく遊び、失敗を繰り返しながら成長していく時間が必要なのです。
家事の手伝いを通して責任感を育てることは大切ですが、それが過度な負担になってはいけません。
そのバランスが、この家庭では少し崩れてしまっているように映ります。
多くの人たちが危惧しているのはその部分なのです。
③子供の体臭や容姿をSNSで侮辱する心理
思春期に差し掛かる子供の身体的変化について、SNSで触れることの是非はかなり気をつけなければなりません。
育児の大変さや本音を発信するスタイルのアカウントでは、時にこうした生々しい話題も扱われることがあります。
「リアルな育児の姿を伝えたい」という思いがあったのかもしれません。
しかし、体臭が気になり始めた子供に対して、一緒に制汗剤を選んであげたり、優しくケアの方法を教えてあげたりするのが、多くの親が選ぶ対応ではないでしょうか。
長女に対する「ブシュ」「どすこい」という表現も、家族内のジョークだったのかもしれません。
だが、それを不特定多数が見るSNSで発信することで、子供の自尊心が傷つく可能性は考慮すべきだったでしょう。
たとえジョークのつもりであっても、子供の立場に立って想像してみることが大切なのです。
それができないのであれば「毒親」と呼ばれても仕方がありません。
正直、子供のネガティブな部分をネタにSNS投稿する部分については、私自身、かなり胸が苦しくなってしまいました。
ここだけで毒親とは言いたくないのですが、親からそのような目で見られているとしたら本当につらいですし、涙が出そうになります。
④自分の楽のために子供を犠牲にする思考
母親は自らのInstagramで「家事育児はできるだけしたくない!笑」と投稿しています。
正直に言えば、この気持ちに共感する母親は少なくないのではないでしょうか。
育児は美しいことばかりではなく、時に苦しく、逃げ出したくなる瞬間もあります。
夜泣きに悩まされ、イヤイヤ期に振り回され、家事と育児の両立に疲れ果てる——そんな本音をSNSに吐き出すことで、救われる母親もいるはずです。
ただ、ナイトスクープやSNSの内容から察するに、この家庭の場合は経済的にシッターや保育サービスを利用できる余裕があるように見えます。
子供6人となると、児童手当は毎月14万円です。
それにもかかわらず、12歳の長男に過度な負担を強いている現実があります。
しかもそれを「子供たちが助けに来てくれた」と美化し、SNSでは「最高のワンチーム!!!!」と発信しているのです。
この表現が多くの母親の心に引っかかったのは、子供の負担を軽く見ているように感じられたからではないでしょうか。
親として本音を吐き出すことと、実際の育児責任を果たすことは、別の問題なのです。
芸人たちが投げかけた「異議申し立て」
いま考えると、ナイトスクープで霜降り明星のせいやが「お前はまだ12歳や!大人になんかなんなよ」と、長男を抱っこしながら投げかけた言葉がなぜこんなに響いたのか。
また麒麟の田村がコーナー最後で「遊んで『楽しい』はなく、『楽できた』っていうのがね…」とコメントしていたこと。
その言葉はプロの芸人を超えたメッセージだったように思います。
子供が親の代わりを務めることで、本来受けるべき甘えや成長の機会を奪われてしまっている状態に対する、彼らなりの「異議申し立て」だったのかもしれません。
コーナーのオチとして使われた「(長男に)米7合炊いといてー!」という母親の声を入れた編集は、いま考えると番組側からの問題提起だったという見方もできなくはありません。
ただその一方で、それらの言葉が長男の日常を物語っていて悲しくなりました。
母親の言動に透ける自己中心的な性格
母親のSNSでの言動を見ていると、色々なことがわかってきます。
たとえば、自身を「ポンコツ母」と表現することで、周囲の批判を先回りして避けようとする姿勢が見えてくるのです。
「自分はポンコツだから仕方ない」と先に言ってしまえば、多少の失敗は許されると考えているのかもしれません。
確かに、完璧な親などいません。
誰もが試行錯誤しながら、失敗を繰り返しながら、親として成長していくものです。
自分の至らなさを認めて「ポンコツ」と自虐することは、時には謙虚さの表れでもあるでしょう。
しかし、この母親の場合は「ポンコツ母」と言いながらも、実際には状況を改善しようという姿勢が見えにくいところがあります。
別の投稿では、自らを「ヒトラーのママ」と自称し、開き直っている場面もあるからです。
これでは視聴者から信頼を得られません。
もし本当にSNSで遊び歩く様子を投稿し続け、長男に家事育児を任せる生活を続けているのであれば、これでは自虐ではなく、ただの言い訳だと言われても仕方がないでしょう。
例のナイト◯クープのヤングケアラー母のインスタ、外食の時にいかにして1番手がかかる末っ子の隣の席にいかないようにしているかを投稿してた
なんで子ども産んだの…? pic.twitter.com/TyxlozqtGg— めぐチャン😃season2‼️‼️ (@omegudayon) January 24, 2026
「子供たちが助けに来てくれた」という発言の問題
また「子供たちが自分を助けるために生まれてきてくれた」という発言も、考え方次第では美しい家族愛のように聞こえるかもしれません。
しかし、この言葉の裏には「親が子を育てる」という本来の責任の所在が曖昧になっている問題があります。
子供が親を助けることと、親が子供に過度な負担を強いることは、全く別の話なのです。
番組内で麒麟の田村が指摘したように、長男が「楽しかった」ではなく「(せいや氏が手伝ってくれて)楽だった」と漏らした言葉は、多くの視聴者の胸に刺さったと思います。
12歳の子供が、1日だけ家事から解放されたことを「楽しかった」ではなく「楽だった」と表現する——この言葉の重み。
私たち大人は、この言葉を真剣に受け止める必要があるでしょう。
誰もが完璧な親ではいられません。
しかし、子供に過度な負担がかかっていることに気づいたなら、何かを変えようとする姿勢は必要なのではないでしょうか。
ABCテレビが認めた「演出」という名の捏造
この放送を巡っては、その後大きな展開がありました。
週が明けた1月27日、朝日放送テレビ(ABCテレビ)は公式サイトにおいて、放送内容に複数の不適切な「演出」があったことを公式に認める声明を発表したのです。
38年もの間守り続けてきた「視聴者の真実の依頼に応える」という番組の屋台骨を、自ら叩き折るような極めて重い声明でした。
バラエティ番組のお約束をある程度理解している長年のファンであるほど、今回の演出認定については裏切られたような気持ちになるのかもしれません。
①本来の依頼文を「悲劇」へと書き換え
本来、依頼者の少年が番組に送った文章は、「家族8人みんなで家事や育児を協力しあって頑張っているが、他の兄弟よりも僕が一番頑張っている。他の家族の子供と比べてどうなのか調査して欲しい」という、わりと前向きな調査依頼だったといいます。
ところが放送では、これが「長男をやるのに疲れた」「もう次男になりたい」という、悲劇的なヤングケアラーを強く想起させる文面に完全に改ざんされていたのです。
つまり、制作者側は、物語に「救済」という安易なドラマをもたらすために、本来そこには存在しなかったはずの「疲弊」や「絶望」をわざわざ捏造したということでしょうか。
ちなみに依頼者家族と相談し、了承を得たうえでの改稿だったそうです。
実際、放送時には「家族で協力している」という前提が完全に消えて、「長男一人が疲弊している」という印象が残る内容となっていました。
探偵ナイトスクープの長男、こんな小さい時から抱っこ紐してたのか… pic.twitter.com/ZFjZ38rwzS
— まちかど (@kcelhl) January 24, 2026
たしかにほのぼの系の依頼より、多少緊張感のある依頼のほうが視聴者の食いつきは良いことはわかります。
そこに多少の編集が入ることは仕方がないことかもしれません。
しかし、視聴者参加型をうたっておいて、依頼者の真意を捻じ曲げて放送することは、番組の存在意義を揺るがすことにならないでしょうか。
ここまで意味が変わる「改稿」は、もはや別のストーリーだからです。
このような行為を「演出」という言葉一つで片づけてしまえばそれまでですが、依頼主である12歳の子供が本当にその意味を理解して同意したのかは気になるところではあります。
②父親の外出シーンを悪意を持って演出
放送の中では、子供たちが必死に家事に追われる一方で、父親が非常にあっさりした態度で家を出ていくシーンがありました。
これについて番組側は、家事の大変さを際立たせる目的で、「探偵と子供たちだけの状況」を意図的に作り出したことを認めています。
現実には、父親は生活を支えるための仕事に向かっただけでした。
しかし、スタッフがタイミングを細かく指示し、あたかも彼が「育児放棄」をしているかのような印象を世間に与えたことは間違いありません。
一人の父親を、番組の視聴率やストーリーのために「家庭を顧みない悪役」へと仕立て上げた演出は、個人の名誉を著しく傷つけるものです。
実際、依頼主の両親はSNSを掘り返され、それが日常の一部である可能性があると多くの視聴者から指摘されています。
もしまったく真逆の人格であるならば父親にとってはとんだ災難でしょう。
③あまりに無神経な「米7合」発言の差し込み
番組のラストシーンで、帰宅した母親が真っ先に「米炊いて、7合」と長男に命じる場面があり、多くの視聴者に衝撃を与えました。
長男の依頼、お別れのとき
最後、母親が何て言ってたのかよくわからなかったもしかして育児変わってほしいという依頼の後に
「くらのすけ、米炊いて」って言ってる?#探偵ナイトスクープ pic.twitter.com/uYoPASHLta— HHH (@HHH36816163) January 23, 2026
このセリフは、視聴者に「結局、この子の負担は何も変わらないのか」という深い絶望感と母親への嫌悪感を植え付けましたが、これも番組側の演出であったことが判明しています。
制作側は「非日常から日常に戻る合図」としての演出だったと釈明しています。
しかし、その内容はあまりに当事者への配慮を欠いた、無神経なものであったと言わざるを得ません。
ヤングケアラーという社会の深淵にある問題を、バラエティ番組の「オチ」として扱う軽率な姿勢が、結果として多くの人々の心を逆なでし、炎上を招いた要因となってしまったことは間違いないでしょう。
これが作られた創作劇やコントであれば悪くないオチかもしれません。
しかし、探偵ナイトスクープが視聴者参加型バラエティであり、ある種のドキュメンタリー要素があるからこそ「米炊いて、7合ー!」というヤングケアラーを放置したような残酷なオチが受け入れられなかったのです。
そこはもっと配慮すべきだったと思います。
④「次男になりたい」という純粋な動機の加工
子供が日常の中で抱いた「次男になってみたい」という純粋で微笑ましい遊び心を、あたかも「家庭内での疎外感」が原因であるかのように歪めて描写した点も、見過ごせない大きな問題です。
実際には家族の仲は良好であったにも関わらず、放送上では長男一人が孤独な戦いを強いられているかのような編集が執拗に施されていました。
12歳とはいえ、まだ小学生の子供を、大人の描きたい「感動のシナリオ」の駒として利用したことについては残念です。
探偵ナイトスクープは「視聴者の真実の依頼を調査する」というコンセプトで38年続いてきた番組だからこそ、そこはもう少しなんとかならなかったのかと思います。
当初の依頼内容とは異なる形に加工され、全国に晒されたこの家族に対して制作陣はどのような責任を取るつもりなのでしょうか。
⑤充実していた習い事や受験の事実を隠蔽
番組内では、長男が24時間休む間もなく家事に追われているかのような印象操作が行われていました。
しかし、実際には彼は週に3〜4回も大好きなバスケットボールの習い事に通っていたのです。
それどころか、将来を見据えて中学受験の準備も着実に進めていたという事実は、放送では一切触れられることはありませんでした。
こうした「充実した日常」という事実は、制作側が作り上げたい「悲劇のヒーロー」という虚像を維持するために、意図的に排除されたと考えざるを得ません。
本当の家族の姿を隠し、視聴者を欺いてまで特定のイメージを植え付けようとする手法は、ドキュメンタリー性を売りにしてきた番組のプライドを自ら捨てたに等しい行為です。
事実の一部を意図的に隠すことは、時に直接的な嘘をつくことよりも悪質な印象操作になり得ることを、プロであるはずの制作者たちが忘れていたのでしょうか。
私はこの放送回を観て、こんなに家が片づいているのにヤングケアラーという社会問題を抱えているのかと驚きました。
しかし、ヤングケアラー問題について、制作陣による演出が噛んでいたという発表を聞いて合点がいったのです。
この家族の長男がそれほど不幸でないなら本当に良かったですが、やはりテレビの過度な演出にはヤレヤレという気持ちになります。
探偵ナイトスクープは打ち切り不可避なのか?
そんな『探偵!ナイトスクープ』が打ち切り不可避という声もあります。
実際、その辺りはどうなのでしょうか。
今回の騒動は、単なる一バラエティ番組の「ヤラセ」という枠を超え、社会全体に計り知れない負の影響を及ぼしています。
専門家の厳しい指摘を待つまでもなく、こうした「感動ポルノ」的な演出は現実の深刻な社会問題を歪曲して伝え誤解を広めるリスクが極めて高いのです。
特に今回のケースで深刻なのは、「あれは演出でした」という発表がなされたことで、本当に支援を必要としているヤングケアラーたちの存在までもが疑われる「信憑性の低下」を招いている点です。
「テレビで見るヤングケアラーなんて、どうせ演出だろう」という冷笑的な視点が社会に広がれば、救われるべき子供たちのSOSが見逃される最悪の事態に繋がりかねません。
だからこそ、真実をうたいながら「ヤラセ」をしてしまった番組は一発退場の危険性が高いのです。
過去に打ち切りになった番組の例
2019年には『クレイジージャーニー』が希少動物の発見ヤラセで打ち切りになりました。
事前に業者から買い取った希少動物を、”あたかも偶然に”発見したかのように見せかけて放送したからです。
「ほこ×たて」や「あるある大辞典」など、ヤラセや仕込み発覚で打ち切りになった番組は他にもあります。
特に今回のように全国レベルの炎上騒動を引き起こし、依頼者家族の生活に大きな影響を及ぼしたことを考えれば『探偵!ナイトスクープ』打ち切りの声は少なくありません。
番組存続の可能性
とはいえ、関西でも高視聴率を誇る老舗番組であり、人情味の強い関西圏のファンも多いので番組が存続する可能性もあるはずです。
もちろん、条件はあります。
ABC社長による記者会見と謝罪、「ノー演出」などの原点回帰、BPO審議への真摯な対応、未成年者保護の徹底、視聴者アンケートを実施して透明性のある運営などなど。
ハードルは高いですが、より深い反省、より大胆な改革を行うことで打ち切りの導火線を断つことができるのではないでしょうか。
母親のインスタ投稿という消えない証拠
番組側は「演出でした」と説明していますが、それだけでは説明できない問題があります。
母親のインスタグラムです。
炎上後に削除されましたが、過去の投稿が多数保存されています。
そこには番組放送のずっと前から気になる投稿がいくつもありました。
長男が小学1年生の時「(料理が)結構使える」「自分が楽できる」という投稿、子供に対する「バカと天才は紙一重」などの否定的な発言、子供を名前ではなく「ファースト」「セカンド」呼び、娘を平気で「ブス」「どすこい」と言う発言、出血した子どもの写真を娯楽として投稿、マルチ商法関与の疑惑、自らを「ヒトラーのママ」と称する投稿、友人と飲酒中、長男に赤ちゃんの世話をさせている写真——これらは2019年からの蓄積です。
5年も前から「番組のための演出」を仕込んでいたとは考えにくいでしょう。
SNS上では「番組の演出どうこうの問題じゃない。家族の本質がヤバいのに、番組が隠蔽した」という見方をする人もいます。
SNSが暴いた真実と二次被害の問題
今回の件では、SNSを通じた現代の「市民ジャーナリズム」が、番組側の隠蔽しようとした事実を鮮やかに暴き出した点については良かったように思います。
昨今の学校内のいじめ動画や社員への暴行動画においてもそうです。
あれがなかったら加害者が逮捕されてなかった可能性が高いでしょう。
しかしその一方で、行き過ぎた犯人探しや家族への誹謗中傷が、結果として子供をさらに精神的に追い詰める二次被害を生んでしまっています。
番組側が、行政や国会議員をも動かすほどの影響力を持ちながら、その責任を「演出」という都合の良い言葉で片付けようとした姿勢には、今後も厳しい目が向けられ続けるでしょう。
視聴者との間に築いてきた数十年越しの信頼関係を根底から破壊した『探偵!ナイトスクープ』に、以前と同じような温かい眼差しが注がれる日は、残念ながら当分先のことになりそうです。
まとめ
「探偵!ナイトスクープ」の放送をきっかけに起きた今回の騒動は、SNS時代の育児が抱える難しさを浮き彫りにしました。
育児の本音を発信することと、子供の尊厳を守ることのバランスは、多くの親が悩む問題でしょう。
この母親を一方的に責めることは簡単ですが、完璧な親などいないという事実も忘れてはなりません。
実際、一方的に親を非難したところで何の解決もしないでしょう。
それが本当に歯がゆいからこそ、こうやってSNSでの炎上が止まらないという見方もできます。
ただ、12歳の少年が友達と遊ぶことも許されず、家族のケアに追われている現実があるのなら、何かを変える必要があることは確かです。
このような状況にあるヤングケアラーを「よその家のこと」として見過ごせないのは、親の支配によって苦しんでいる人が潜在的にたくさんいるからだと思います。
もちろん真相はわかりませんが、家族の絆という言葉が、誰かの犠牲を隠すための隠れ蓑になってはならないことは誰もが感じているところでしょう。
『探偵!ナイトスクープ』を巡る今回の演出問題は、視聴者の純粋な善意と信頼を裏切る形で、あまりに大きな傷跡を残してしまいました。
強引な感動を作り出すために12歳の少年の言葉を都合よく書き換え、平穏な家族の姿を意図的に歪めた制作手法は、もはや演出の枠を逸脱した「やらせ」と言われても仕方のないものです。
炎上により迷惑を被った家族の心のケアを最優先にすることはもちろん、番組側には第三者委員会などによる徹底した事実解明と説明責任が強く求められています。
ただ、今回の炎上に関して「番組の演出だけで炎上したわけではない」という声もSNSでは多く見られます。
振り上げた拳を下ろす場所を見つけられない人もいるでしょう。
そのような状況を作った番組の責任は非常に重いのです。
ヤングケアラーという深刻な社会問題をエンタメとして安易に消費した代償は、38年という輝かしい歴史の終焉という形で現れる可能性も否定できない状況です。
かつて上岡龍太郎や西田敏行が命を吹き込み、大切に築き上げてきた「真実の人間ドラマ」の灯を消さないための抜本的な改革を願わずにはいられません。
今回の炎上騒動を受けて、ABCテレビが今放送回の過剰な演出を認めています。
この記事内容も、そういう過剰演出があった状況での炎上を記事にしたことをここに明記しておきます。





