2026年3月、SNSにまた不穏な投稿が増え始めました。
「ホルムズ海峡が封鎖されたらしい。トイレットペーパーがまたなくなるって」
「スーパーの棚がスカスカになる前に買い込んでおけ」
なんだか既視感ありますよね。
コロナのときもそうだったし、もっと遡れば1973年のオイルショックでも日本中のスーパーからトイレットペーパーが消えたというのもよく聞く話。
でも、先に結論をお伝えしておくと、トイレットペーパーは大丈夫です。
原料を調べれば、中東情勢とはほぼ無関係だということがはっきりわかります。
でも、安心して終わりとはいかないのがこの問題なんですよね。。
なぜなら、本当にヤバいのはトイレットペーパーとは別のところに潜んでいるから。
しかも「物がなくなる」恐怖よりも、「物の値段がじわじわ上がっていく」現実の方が、私たちの生活をもっとしんどくさせるのではないでしょうか。
2026年3月現在、ホルムズ海峡の通航は通常1日120隻程度からわずか5隻程度に激減し、ペルシャ湾内に閉じ込められたコンテナ船は132〜138隻(約47万TEU)にのぼると報じられています。
この記事では、デマに惑わされないための正しい情報と、「本当に警戒すべきもの」を整理していきます。
目次
「トイレットペーパー不足」がデマと言える根拠
まず、なぜ「トイレットペーパーが足りなくなる」という話が広まるのかを考えてみましょう。
ホルムズ海峡が封鎖されれば原油が届かなくなる、原油が届かなければ石油製品が作れなくなる、だから紙製品も足りなくなる。
この連想ゲームは、一見もっともらしく聞こえます。
ところが、トイレットペーパーの原料構成を見ると、この理屈はまったく成り立たないんです。
日本で作られるトイレットペーパーの原料は、約60%が古紙、残りは北米や南米、東南アジア産のパルプ。
中東から輸入している原料は、ほぼゼロに近い。
日本家庭紙工業会も「デマです。生産に影響はありません。在庫も十分にあります」と公式に否定しています。
しかも国内生産率はほぼ100%に近い水準。
つまり、ホルムズ海峡が完全に閉じたとしても、トイレットペーパーの製造ラインが止まる理由がそもそも存在しないわけです。
ティッシュペーパーも同様で、原料も製造工程もトイレットペーパーとほぼ同じ。
「セットで消える」イメージがありますが、原料的にはどちらも中東依存とは無縁のジャンルなのです。
ただし、完全にノーダメージかというと、そこは少しだけ注意が必要で、製造時の電力コストや物流の燃料費、外装のビニール包装といった間接的なコストは上がります。
その影響で1パックあたり20円前後の値上げは覚悟しておいた方がいいかもしれません。
でも「なくなる」のと「ちょっと高くなる」のでは、意味がまったく違いますよね。
1973年のオイルショックでトイレットペーパーが店頭から消えたときも、原因は供給不足ではなく「なくなるらしい」というデマでした。
2020年のコロナ初期にも、「マスクの増産で紙原料が不足する」という根拠のない噂がSNSで広まり、まったく同じことが起きています。
マスクの原料(不織布)とトイレットペーパーの原料(パルプ・古紙)はそもそも別物なのに、です。
日本人はどうやら、「紙がなくなる」という言葉に特別な恐怖を感じるDNAを持っているのかもしれません。
なお、日本家庭紙工業会は3月14日にも公式サイトで「在庫は十分、過剰買い占めを控えてください」と改めて呼びかけています。
デマなのに棚が空になる「不安のドミノ倒し」
トイレットペーパーが足りているという事実を知っていても、スーパーに行ったら棚が空だった。
こうなると、頭では「デマだ」とわかっていても、手が勝手にカゴに入れてしまう。
これが「自己実現予言」と呼ばれるメカニズムです。
不安な情報がSNSに流れる。
それを見た人が「念のため」と多めに買う。
棚が少し空く。
空いた棚の写真が拡散される。
「やっぱりなくなるんだ」と思った別の人がさらに買いに走る。
そして本当に棚が空になる。
「ほら見ろ、やっぱりなくなった」と確信に変わる。
この連鎖が恐ろしいのは、最初のきっかけがデマであっても、結果として「本当に品薄になる」という事実が生まれてしまうこと。
行動経済学でいう「損失回避バイアス」、つまり「手に入らなくなる恐怖」は「お得に買える喜び」よりもはるかに強い力で人を動かします。
2020年のコロナ初期を思い出してみてください。
マスクが薬局から消えたのは、実際に供給が追いつかなかった面もありますが、トイレットペーパーは完全に「不安の連鎖」が原因でした。
日本家庭紙工業会がすぐにデマを否定したにもかかわらず、否定情報が届く前に空棚の写真がLINEやTwitter(当時)で猛スピードで広まってしまった。
結果、ピーク時には全国のスーパーで「1家族1パック」の制限販売が続き、解消まで約2ヶ月かかっています。
2024〜2025年にかけての「令和の米騒動」も似たパターンでした。
猛暑による不作とインバウンド需要の増加で米の需給が逼迫していたところに、南海トラフ地震臨時情報が出たことで備蓄意識が一気に高まり、スーパーから米が消えた。
5kgで2000円前後だった米が4000〜5000円に跳ね上がり、政府が備蓄米の放出を決めるまで混乱が続きました。
現在は新米効果と備蓄放出で価格は落ち着いてきましたが、あのときの空っぽの棚の記憶は、多くの人の中にまだ残っているのではないでしょうか。
どちらにも共通しているのは、「冷静に」と呼びかけるだけでは止まらないということ。
テレビのワイドショーが「棚が空です」「買い占めが起きています」と報じれば報じるほど、視聴者は「今買わなきゃ」と思ってしまう。
メディアが不安を伝えることと、不安を増幅させることの間には、実はかなり微妙な境界線があるのだと感じます。
本当に品薄になるのは「エチレン」という聞き慣れない物質
トイレットペーパーは大丈夫。
でも、本当に警戒すべきは「エチレン」という聞き慣れない物質です。
おそらく、この名前を日常会話で使ったことがある人はほとんどいないでしょう。
エチレンとは、原油から作られるナフサという液体を熱分解して取り出す化学物質のこと。
これだけ聞くと遠い世界の話に聞こえますが、実はこのエチレンから作られる製品に囲まれて私たちは毎日暮らしています。
ポリエチレン、ポリプロピレンといったプラスチックの原料になり、そこからレジ袋、ゴミ袋、食品ラップ、弁当のトレー、シャンプーのボトル、洗剤の容器、ペットボトルのキャップ、おむつの包装、点滴バッグ、注射器の滅菌パック、車のバンパー、家電の外装まで、驚くほど広い範囲に化けていくんです。
言い換えれば、プラスチックが使われているものはほぼすべてエチレンの恩恵を受けていると考えていいでしょう。
なぜこのエチレンが今危ないのか。
原料のナフサは、日本が輸入する分の約7割以上が中東産。
そのほとんどがホルムズ海峡を通って届いています。
2026年3月現在、このホルムズ海峡がイラン革命防衛隊の威嚇や機雷敷設によって事実上封鎖されている状態。
イラン新最高指導者モジタバ・ハメネイ師は3月12日に「封鎖継続を徹底抗戦の手段として使う」と声明を出しており、事態の長期化が濃厚になってきました。
しかも原油には国家備蓄が254日分あるのに対し、ナフサの備蓄は国の制度としてはほぼ存在せず、業界関係者の推定で民間在庫が20日分程度しかないという脆さ。
原油の254日分と比べると、あまりにも心もとない数字ではないでしょうか。
すでに三菱ケミカル、出光興産、三井化学、旭化成といった国内大手が次々と減産や停止予告を出しており、3月下旬から4月にかけて在庫が底をつき始め、5月の定期整備で本格的に生産が絞られる見通しです。
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便乗値上げが加速する「火事場のカラクリ」
エチレン不足そのものも深刻ですが、もう一つ見逃せないのが「便乗値上げ」の構造。
ここに、多くの人が言葉にできないモヤモヤの正体が隠れています。
ガソリンの例がわかりやすいでしょう。
3月9日時点で全国平均161.8円だったレギュラーガソリンが、3月12日以降の卸値引き上げで一気に20〜30円跳ね上がりました。
でもちょっと待ってください。
ホルムズ海峡を出発したタンカーが日本に届くまでは2〜3週間かかります。
3月中旬の時点で届いているのは、封鎖前に出発した船に積まれた原油。
つまり「まだ高い原油は届いていない」のに、値段だけ先に上がっているわけです。
企業はこれを「予防的転嫁」と呼びます。
次の仕入れが高くなるから、今のうちに価格に反映させておくという理屈。
理屈としては一応筋が通っているように見えますが、消費者からすれば「まだ影響出てないのに、もう値上げするの?」というのが率直な感覚ではないでしょうか。
もっと根深いのは、「どうせ政府が補助金で穴埋めしてくれる」という計算が企業側に働いていること。
高市首相は「170円程度に抑える」と表明し、超過分は全額補助する方針を打ち出しました。
これ自体は消費者にとってありがたい話ですが、裏を返せば「値上げしても税金でカバーされる」と企業が判断するインセンティブになりかねません。
過去のガソリン補助金にはすでに8兆円以上が投入されましたが、その間もガソリンが劇的に安くなった記憶は多くの人にないはず。
元売りから政府、政府から代理店やメディアへとお金が循環する構造に対する疑念は、今も消えていないのが正直なところです。
さらに、メディアの報じ方が不安を増幅させるという側面もあります。
「エチレン減産で暮らしに影響」「医療用品不足の懸念」という見出しが流れると、Xでは「今すぐ保存袋買え」「スーパーからトレーが消えるぞ」という投稿が連鎖する。
報道が不安を煽り、不安が買い占めを呼び、買い占めが品薄を作り、品薄が値上げを正当化する。
この「不安→買い占め→品薄→値上げ」のループの中で、企業は「需要が増えたから仕方ない」と言い、政府は「市場の動きだから」と距離を置く。
結局、誰も悪くないふりをしながら、負担だけが消費者に回ってくるわけです。
正直なところ、一番ずるいのは「危機を利用して、溜まっていた値上げを一気に通す」という思惑ではないでしょうか。
「中東情勢のせいです」と言えば、どんな値上げでも通りやすくなる。
ガソリンだけじゃなく、包装材も、運送費も、食品も、「ホルムズのせい」を枕詞にすれば消費者は文句を言いにくい。
この空気を企業が見逃すはずがないし、実際に見逃していないのが現状なのかもしれません。
買い占めされやすい商品と本当に品薄になる商品
ここで整理しておきたいのが、「パニックで買い占めされやすいけど実は大丈夫なもの」と「本当に品薄や値上げが起きやすいもの」の違いです。
この区別がつくだけで、無駄な焦りがかなり減るはず。
まず「買い占めされやすいけど大丈夫なもの」から見ていきましょう。
トイレットペーパー・ティッシュは先ほど説明した通り、原料が古紙とパルプ中心で中東依存ほぼゼロ。
ペットボトル飲料も、本体のPET樹脂はエチレンとは別系統の原料(パラキシレン系)で、キャップやラベルは影響を受けるものの飲料自体が消えることは考えにくい。
100均のプラスチック小物は値上がりしやすいですが、中国や東南アジアからの輸入代替で供給回復が早いジャンル。
紙おむつ・生理用品も包装材のコスト上昇で値上がりはするものの、必需品ゆえに優先供給される上、紙系素材への切り替えも進んでいます。
一方で、「本当に品薄・値上がりリスクが高いもの」はこちら。
レジ袋・ゴミ袋はポリエチレンそのものでできているため、原料高の直撃を受けます。
食品用ラップ・保存袋・ジップロック類も同様にエチレン直撃。
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スーパーの弁当トレーや惣菜パックは、エチレン由来の樹脂がなければ製造自体ができません。
シャンプー・洗剤のボトル本体もポリエチレン・ポリプロピレン製で、中身よりも容器の方が値上がりするという皮肉な状況になりそうです。
医療関連では点滴バッグ、注射器、手術用手袋、滅菌包装材がエチレン由来の樹脂を大量に使っており、長期化すれば治療現場にも影響が及ぶ可能性が指摘されています。
自動車のバンパーや内装樹脂、家電の外装プラスチック、建築用PVCパイプなども軒並み値上がり・納期遅延の予告が出始めている状況です。
値上がりのタイムラインを頭に入れておく
いつ頃から何が起きるのか、事態の進行を時系列で把握しておくと焦りにくくなります。
3月から4月は「予防的フェーズ」。
まだ物理的な欠品はほとんど起きていませんが、企業の値上げ予告やSNSの不安投稿によって先回りの買い占めが散発的に発生する時期です。
ガソリンスタンドの行列や、一部スーパーでのレジ袋・保存袋の品薄はすでに報告されています。
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5月から6月が「本格減産フェーズ」。
化学メーカーの定期整備が重なるタイミングで、エチレン生産が大幅に絞られる見通し。
包装材やボトルの在庫が枯渇し始め、スーパーの陳列に実際の影響が出てくる可能性があります。
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7月以降が「値上げラッシュ本格化フェーズ」。
自動車の納車遅れ、家電の価格改定、食品の一斉値上げが重なり、生活コストの上昇が肌感覚で実感されるようになるでしょう。
一部専門家の最悪シナリオでは、ガソリン328円、プラスチック製品2〜5倍も視野に入るとされています。
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一方、米軍が3月13〜14日にイラン機雷敷設船16隻を破壊した(CENTCOM発表)ことで、一部通航再開の兆しがないわけではありません。
ただ、イラン新指導者の「封鎖継続」声明を考えると、楽観はまだ早い状況。
ホルムズ海峡だけが日本の弱点ではなく、台湾海峡有事まで重なれば半導体も止まるリスクも指摘されており、日本という国がいかに「海の道」に依存した構造の上に成り立っているか、改めて考えさせられます。
不安に振り回されないための心得
ここまで読むと、正直かなり暗い気持ちになるかもしれません。
でも、知っているのと知らないのとでは、取れる行動がまるで変わってきます。
まず大事なのは、過剰買い占めをしないこと。
1973年もコロナも令和の米騒動も、パニック買いが最大の敵でした。
「なくなるかも」という不安が、実際に「なくなる」状況を作り出してしまうのが自己実現予言の怖さ。
一人ひとりが冷静に行動するだけで、品薄の大部分は防げるというのが過去の教訓です。
その上で、「ローリングストック」という考え方を取り入れてみてください。
一気にまとめ買いするのではなく、普段使うものを少しだけ多めにストックしておいて、古いものから使いながら補充していく。
目安は1〜2ヶ月分。
これなら「買い占め」にはならず、万が一の品薄にも対応できます。
代替品へのシフトも早めに始めておくと安心です。
エコバッグ、マイボトル、紙パック製品、量り売りの店。
エチレン由来のプラスチックに頼らない選択肢を日常に組み込んでおけば、値上がりの影響を受けにくくなります。
情報源を分散させることも忘れないようにしたいところ。
テレビのワイドショーやSNSのトレンドだけで判断すると、不安に飲み込まれやすい。
業界団体の公式発表や、経産省の需給データ、専門メディアの分析記事など、冷静な情報に触れる習慣をつけておくと、デマに踊らされるリスクがぐっと下がるでしょう。
最後に、少し広い視点で考えてみてください。
米財務省がロシア産原油の制裁一時緩和措置を発表し、日本政府も購入検討の動きを見せているのは、裏を返せば「中東だけに頼っていたら危ない」というシグナルでもあります。
トランプ大統領が3月14日に日本などへ艦艇派遣を要請したように、国際情勢は刻一刻と動いている状態です。
調達先の多角化や備蓄制度の見直しは、本来なら政治が主導すべき課題。
でもそれが進むのを待っている間に、私たちの財布は確実に薄くなっていきます。
派手な対策はいりません。
「何が本当に足りなくなるのか」「何はデマなのか」を知っているだけで、不安に振り回される度合いが全然違ってくるはず。
棚が空いた写真を見ても、「あ、トイレットペーパーは大丈夫だったな」と思い出せるかどうか。
ほんの少しの知識と冷静さが、自分と家族を守る一番の武器になるのではないでしょうか。





