2026年2月19日(現地)、ミラノの氷の上で歴史が動きました。
20歳の女の子が、ストライプの金黒衣装をまとい、満面の笑顔で滑り切った瞬間——アメリカ中が沸き立ったのです。
アリサ・リウ。
ALYSA LIU WINS GOLD AFTER A PERFORMANCE TO REMEMBER 🥇
She’s the first member of Team USA to win gold in the women’s figure skating singles since 2002 🇺🇸 pic.twitter.com/U4922Pujlh
— ESPN (@espn) February 19, 2026
その名前を聞いたことがない人も、「五輪で笑いながら金メダルを取った女の子」といえばピンとくるかもしれません。
彼女の物語は、単なる「天才スケーターの成功譚」ではありません。
亡命弁護士の父、母親不在の家族、中国当局のスパイ監視、16歳での電撃引退、そしてスキー旅行から始まった奇跡の復活——どれをとっても、ドラマの脚本を超えるエピソードばかりなのです。
この記事では、Wikipediaやスポーツニュースにはほとんどのっていないアリサ・リウの真実を、ファミリーの話から引退の内幕まで、たっぷりとお伝えしていきたいと思います。
目次
アリサ・リウのWiki風プロフィール!20歳で掴んだ金メダルの栄光?
まずは基本情報から整理しておきましょう。
アリサ・リウ(Alysa Liu、中国名:劉美賢)は2005年8月8日生まれ、現在20歳。
カリフォルニア州クローヴィス出身で、育ちはベイエリアのリッチモンド近郊です。
身長は158cm。
現在はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で心理学を専攻しており、競技と学業を両立する形で休学・復学を繰り返しながら活躍しています。
Alysa Liu, that's the tweet 👸💛 pic.twitter.com/okJrYVmN8K
— koreanoli (@koreanoli) February 19, 2026
SP3位からの大逆転!自己ベスト226.79点を叩き出した「笑顔の演技」
2026年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、女子シングルで金メダルを獲得しました。
ショートプログラムを76.59点で3位スタートという、決して楽ではない位置からの逆転劇でした。
フリースケーティングではドナ・サマーの「MacArthur Park Suite」を演じ、150.20点を叩き出して合計226.79点という自己ベストを更新。
SPでは中井亜美1位・坂本花織2位という日本勢を抑え、最終結果はアリサ・リウ金・坂本花織銀・中井亜美銅という表彰台となりました。
正直、3位スタートからここまで巻き返すのは、普通の精神力じゃできないと思いませんか?
この金メダルには、単なる個人の栄光を超えた意味がありました。
アメリカ女子シングルとして実に24年ぶりの金メダル。
前回は2002年のソルトレークシティー五輪でサラ・ヒューズが獲得して以来の快挙です。
四半世紀近くにわたって途絶えていた栄冠を、20歳の彼女が笑顔とともに取り戻したわけです。
なお団体戦でも金メダルに貢献し、個人・団体の二冠を達成。アメリカ女子としては史上初の快挙となりました。
特筆すべきは、表彰台に上がった彼女の表情でした。
泣き崩れるでも、安堵の表情を浮かべるでもなく——ただただ満面の笑顔で飛び跳ね、国旗を振り回し、白いクマのぬいぐるみを抱えながら「人生最高の滑りだった!」と叫んでいたのです。
そのあまりにも無邪気な喜びに、世界中のファンが心を鷲掴みにされたのは言うまでもないでしょう。
父親アーサー氏の職業は弁護士!天安門事件からの亡命と衝撃の過去?
アリサ・リウという選手を語るとき、父親アーサー・リウ(Arthur Liu、中国名:劉俊)の話を抜きにすることはできません。
彼の人生そのものが、娘の才能を生み出した土壌だからです。
四川省の農村少年が天安門事件に関わり、25歳でアメリカへ亡命
アーサー氏は中国・四川省の山村出身。
農村で生まれ、勉学で身を立て、やがて時代の大きなうねりの中に飲み込まれていきます。
1989年、中国全土で民主化運動が高まるなか、天安門広場に集まった学生デモ。
アーサー氏はその活動に深く関わっていました。
そして周知のとおり、この運動は武力弾圧という悲劇的な結末を迎えます。
当局の目を逃れ、25歳のアーサー氏は香港を経由してアメリカへと亡命。
まさに命がけの決断でした。
渡米後はUC Hastings College of the Lawで法学を修め、現在はベイエリアに移民法・国際法を専門とする法律事務所「Inter-Pacific Law Group」を構えています。
反体制派支援の活動も続けており、その過去が後に娘の五輪参加に思わぬ影響を与えることになるのですが——それはまた後の章で詳しく触れます。
娘のスケート人生に「総額1億円超」を投じた英才教育の光と影
さて、この父親がフィギュアスケートに目覚めたきっかけは、ミシェル・クワンへの憧れだったといいます。
大ファンだったアーサー氏は、5歳のアリサをオークランドのアイスセンターへ連れていき、そこで彼女の才能の片鱗を目撃します。
「これだ」と確信した父親の行動は、とにかく速かった。
グループレッスンから即プライベートコーチへ切り替え、世界中から優れた指導者を探し出し、満足できなければ迷わず交代。
日本に優れたコーチがいると聞けば、すぐに渡航もしました。
CBS「60 Minutes」(2026年放送)のインタビューで、アーサー氏はその投資額を自ら明かしています。
「50万〜100万ドル、つまり7,500万から1億5,000万円ほどかけた。時間も金も惜しまなかった。才能があると確信していたから」と。
1億円超の英才教育——その重みを、小さなアリサはどう受け止めていたのでしょうか。
指の角度まで指示し、食事・練習量・音楽・衣装まで細かく管理するその姿勢は、コーチたちには「英才教育の鬼」に映っていたかもしれません。
しかし娘が後に「父への感謝しかない」と繰り返すように、その愛情の深さだけは本物だったのでしょう。
母親は誰?卵子提供と代理母出産で誕生した家族の秘密?
アリサ・リウの家族構成について調べると、多くの人がまず「お母さんは?」という疑問に行き着きます。
そしてその答えは、一般的な意味での「お母さん」とはかなり異なります。
最初からシングルファーザーとして計画された、フィギュア界異色の家族誕生
アリサを含む5人の兄弟姉妹は、全員が匿名の卵子提供者(エッグドナー)と代理母(ジェステーショナル・サロゲート)を通じて誕生しています。
つまり最初から、父アーサー氏がシングルファーザーとして子どもを持つことを計画していたわけです。
「離婚して母親がいなくなった」という状況ではなく、はじめからその形を選んだということ。
フィギュアスケート界はもちろん、スポーツ界全体でも非常に異色の家族背景といえるでしょう。
一部の報道では、卵子ドナーの選定にあたってアーサー氏が慎重に条件を検討したとされています。
「子どもに良い環境を与えたい」という思いから、エージェンシーを通じて高学歴・健康体のドナーを探したといいます。
アリサのドナーは白人系とされており、そのため彼女の容貌にはアジア系と欧米系が混じり合ったような独特の雰囲気があります。
ただし、アーサー氏は後にYan “Mary” Qingxin(メアリー)という女性と結婚し、離婚しています。
メアリーは法的後見人・母親役として特に幼少期の子どもたちに関与していましたが、公の場にはほとんど姿を見せることがなく、極めてプライベートな存在です。
また、アーサー氏の母親(アリサにとっての祖母)であるシューが中国からカリフォルニアへ移住し、最初の8年間は育児を全面的にサポートしていました。
アリサ本人はこの家族構成について、いたってクールに語ります。
「生物学的なつながりはないけど、父と兄弟がいれば十分」と。
その言葉に、余計な感傷も負い目もないのが印象的です。
5人兄弟は三段ベッド生活?シングルファーザーが築いた大家族の絆?
5人もの子どもを一人で育てるとはどういうことか、ちょっと考えてみてください。
1人でも大変なのに、5人となれば毎日がてんやわんやのはずです。
それをシングルファーザーがやってのけたのですから、アーサー氏の親としての体力と愛情は、並外れたものがあると思うのです。
三段ベッドを這い回った幼少期と、黒猫セサミが結ぶ家族の温度
アリサが長女で、下にセリーナ(Selina)、そしてトリプレット(3つ子)のジュリア・ジャスティン・ジョシュアという5人構成。
幼少期はなんと、全員が同じ部屋で三段ベッドを使って暮らしていました。
夜中にベッドの上を這い回って遊んだり、枕投げをしたり——アリサがKCRAのインタビューで笑顔で語るその光景は、フィギュアの練習とはまた別の、にぎやかな「ふつうの子ども時代」を感じさせてくれます。
「夜中にベッドの上を這い回って遊んで、めっちゃ楽しかった。今でもたまに懐かしくなる」というその言葉が、スケートの重圧とは対照的に温かみを持って響くのはなぜでしょう。
それはおそらく、孤独になりがちなトップアスリートの生活の中で、この兄弟との絆だけが「本当のリラックス」を与えてくれる場所だったからではないかと思います。
家族の絆は、競技から離れても変わりませんでした。
遠征の際は兄弟が揃って空港まで送り迎えし、試合後はハイタッチやハグで迎える。
2026年のミラノ五輪でも、現地に揃って観戦に来た兄弟たちと、優勝後に大団欒を繰り広げたといいます。
黒猫のセサミはアリサのインスタグラムにたびたび登場し、家族のマスコット的な存在になっています。
父アーサー氏は60 Minutesでこう語っています。
「5人を平等に愛した。スケートに投資しても、他の子もちゃんと育てた」と。
亡命者としての苦労を経験したからこそ、家族を守ることへの執念は人一倍だったのかもしれません。
北京五輪でのスパイ監視?FBIが警告した中国当局の嫌がらせ?
2022年の北京冬季五輪。
アリサ・リウが初めてオリンピックの舞台を踏んだその大会で、水面下では想像を絶するドラマが展開されていました。
FBI警告・尾行・帰化プロジェクト……16歳の少女を巻き込んだ国際諜報戦
父アーサー氏の天安門事件への関与は、30年以上が経過した今もなお「危険人物」のレッテルとして中国当局に残されていたのです。
五輪開幕前、FBIからアーサー氏へ正式な警告が届きます。
「中国反体制派とその家族が監視ターゲットになっている」という内容でした。
具体的に何が起きたのか。
まず、五輪関係者を装った人物がアーサー氏に接触し、パスポートの番号や旅券情報を聞き出そうとしました。
北京滞在中には、夜に飲食店へ食事に行くと不審者に尾行される事態も発生。
国務省と米国オリンピック委員会は常時警備体制を取り、選手団全体で娘の安全を守る動きをとりました。
米司法省は2022年、中国のスパイ5人を起訴しており、その関連文書にアーサー親子が「Dissident 3(反体制派3号)とその家族」として記載されていたことも後に明らかになっています。
父アーサー氏はAP通信やUSA Todayの取材に対し、「政治的な発言を黙らせるための脅しだろう。娘の安全が心配だったが、米国側の保証があったから出場させた」と打ち明けました。
一方、当時16歳だったアリサ本人は、2025〜2026年の取材でこう振り返っています。
「怖かったけど、ちょっと刺激的でもあった。信じられない感じ」と。
その言葉に、まだあどけない少女の率直さが滲み出ているようで、読んでいてなんとも複雑な気持ちになります。
さらに衝撃的なのが、中国側がアリサに接触し「中国代表として競技に参加しないか」という「帰化プロジェクト」を持ちかけていた事実です。
中国語を流暢に話し、中国系の血を引く彼女は、中国にとって格好の「引き抜き候補」だったのでしょう。
しかし父アーサー氏はこれを全力で拒否。
亡命者として星条旗を背負う誇りが、その決断の根底にあったに違いありません。
16歳で「金色の檻」を脱出?電撃引退の真相はPTSD状態だった?
2022年4月9日、アリサ・リウのInstagramに一つの投稿が上がりました。
「5歳から11年間スケートをやってきました。目標を達成できたので、自分の人生を進めることにします」——。
北京五輪の総合7位、そして直後の世界選手権での銅メダルという結果の直後のことです。
世界中のファンが「えっ、今?」と思ったはずです。
16歳で、これから伸び盛りのはずの選手が、なぜ——。
ホームスクーリング・孤独・他人任せのプログラム……限界を迎えた精神的な重圧
その答えは、「金色の檻」という言葉に集約されます。
アリサ自身がCNNやNew Yorkerのインタビューでこう表現したのです。
「gilded cage(金色の檻)の中にいるみたいだった」と。
外から見れば輝かしいキャリアでも、内側にいる本人には「外に出られない檻」に感じられていたということです。
具体的に何がそう感じさせたのでしょうか。
ホームスクーリングで学校に通えず、友達はほぼゼロ。
1人暮らしのアパートで黙々と練習をこなす孤独な日々。
音楽も衣装もプログラムも、すべて他の誰かが決めるもの。
成長期の体型変化に悩み、4回転ジャンプの練習で体は悲鳴を上げ、さらに北京では中国当局の監視ストレスまで加わって——「スケート以外に何も知らない自分が怖くなった」というのが、引退を決めた本当の理由でした。
父アーサー氏はUSA Todayの取材で「PTSDみたいになってリンクを避けるようになっていた」と告白しています。
そしてこの引退の決断は、父親に一切相談せず、完全に独断で行われました。
長年、父に管理される形でスケートを続けてきた娘が初めて自分だけで下した決断——それが「引退」だったというのは、なかなかに切ない話でもあります。
引退後のアリサは、まるで長い冬眠から目覚めたように自由を謳歌します。
UCLAの寮に入り、普通の大学生として寝坊・遅刻を満喫。
運転免許を取得し、友人と湖タホまで3時間ドライブして突然泳いだり。
スケート靴はクローゼットの奥にしまい込み、競技の動画すら見ない日々。
兄弟とゲームやダンス、バスケットボールに明け暮れる「普通の20代」が、そこには待っていました。
ヒマラヤ登山で語った哲学?「生まれ変わるなら(檻のない)牛がいい」?
引退後のアリサの行動力には、驚かされることが多いのですが、中でも一際インパクトがあるのがヒマラヤのエベレスト・ベースキャンプへのトレッキングです。
標高5,364mの山道で生まれた「牛と鶏」の哲学、Z世代の自由な自己表現
2023年、友人のShay Newtonとともにネパールへ飛び、標高5,364mのエベレスト・ベースキャンプまでの道を歩き切りました。
フィギュアスケーターといえばリンクの中のイメージが強いですが、アリサはそのイメージを軽々と裏切ってくれます。
標高5,000mを超えるトレッキングは、体力的にも精神的にも過酷な挑戦。
それを引退後の「自由探し」の一環としてやってのけてしまうのですから、行動力という点では他のアスリートとは少し違うものを持っているのかもしれません。
New Yorkerのインタビューで紹介されたエピソードが特に印象的です。
過酷な登山道を歩きながら、アリサは友人Shayにこう話したといいます。
「生まれ変わるなら鶏より牛がいい。鶏は檻に入れられるから嫌。丘で自由に草を食む牛の方が断然マシ!」と、大笑いしながら。
「金色の檻」を嫌って競技から飛び出した彼女が、檻に入れられる鶏ではなく、丘を自由に歩く牛を選ぶ——そのまま彼女の哲学を表現したような一言です。
自由への渇望は、外見にも表れていました。
メディアへの登場時には、なんとTシャツをハサミでFlashdance風のボートネックに切り改造して現れたこともあります。
「色は変えられないけど、形は変えられる。change it up!」というその言葉には、Z世代らしい自己表現へのこだわりと、スケート時代には許されなかった「自分で何かを決める喜び」が混ざり合っているように感じます。
復帰のきっかけはスキー旅行?20分で3回転を跳んだ天才の覚醒?
「もうスケートには戻らない」と思っていた人間が、ある日突然気が変わる。
そのきっかけがスキー旅行だったというのですから、人生は面白いものです。
アドレナリン再燃から3ヶ月でトリプル全種復活、父への「事後報告」という独立宣言
2023〜24年の冬、家族や友人とLake Tahoeへスキー旅行に出かけたアリサは、ふと思い立ちます。
「スケートってどんな感じだったっけ?」と。
衝動的に近くのアイスリンクへ立ち寄り、わずか20分間のウォームアップだけで3回転サルコーが綺麗に着氷したのです。
この「アドレナリン再燃」の瞬間こそが、復帰への扉を開いた決定的な出来事でした(Cosmopolitan / New Yorker最新インタビューより)。
「アドレナリン、再燃したわ!」とCosmopolitanのインタビューで大笑いしながら語るその姿は、どこか「してやったり」という雰囲気が漂っています。
体は覚えていた。それも、2年のブランクを経てもなお。
そこからの展開はさすがでした。
3ヶ月で全種類のトリプルジャンプを復活させ、旧コーチのディグリエルモとスカリに復帰の相談をし、自分でチームを一から組み立ててから——最後に父アーサー氏に「事後報告」という形で復帰を伝えたのです。
New Yorkerの取材によれば、父はこの「自分抜きで決めた復帰」に少し複雑な表情を見せたといいます。
それもそのはず、以前は父が全てを取り仕切っていたわけですから。
しかしアリサははっきりと宣言しました。
「今度は私のルールで。音楽も衣装も振付も、自分が決める。4回転はケガのリスクがあるから封印して、長く楽しむことを優先する」と。
2024年3月1日、Instagramで復帰発表。
その後は驚くほどのスピードで結果を出していきます。
復帰1年目の2025年には世界選手権で金メダルを獲得(アメリカ女子19年ぶり)し、翌2026年のミラノ五輪で頂点に。
「逃げてもいい、戻ってきてもいい」——そんなメッセージが、彼女の軌跡には込められているのかもしれません。
年輪ヘアと口内ピアスの意味について
アリサ・リウを見た人が最初に「あれ何?」と思うのが、特徴的な外見ではないでしょうか。
「木の年輪」ヘアと永久口内アクセ——止まらない笑顔を生んだ心理学の力
まず目につくのが、金髪と茶髪が横縞に入った独特のストライプヘア。
これには明確な意味があります。
People誌のインタビューでアリサ自身が説明しているのですが、「木の年輪(tree growth rings)」をイメージしたスタイルで、毎年1本ずつ増やしているのだといいます。
「成長の証。1年ごとに一本増やして、人生の軌跡を髪に刻んでる」というコンセプトは、聞いた瞬間に腑に落ちる清々しさがあります。
2026年の五輪衣装が金と黒のストライプだったのも、このヘアスタイルとの完璧なコーディネートを意識してのこと。
衣装のデザイン提案にも自分で関わったというエピソードと合わせると、「全身でアリサを表現する」という意志の強さが伝わってきます。
次に、笑うとチラリと見える小さな銀のジュエリー。
これは下唇の内側の舌小帯に入れたピアス(frenulum piercing)で、アリサは「permanent mouth bling(永久口内アクセ)」と呼んでいます。
普通に口を閉じていれば見えないけれど、笑顔になった瞬間だけキラリと光る——「普通の人には見えないところをわざと飾るのが好き」というZ世代らしいこだわりが、ここにも表れています。
歯のクリスタルジュエリーも合わせると、「口元だけで3つのアクセント」というファッション誌的な見方もできますね。
これらのスタイルを「ただのおしゃれ」と見るか、「自己表現の手段」と見るかは人それぞれでしょう。
ただ、コーチに全てを決めてもらっていた時代とは対照的に、今の彼女が「自分の外見は自分でデザインする」という姿勢を持っていることは確かです。
そしてあの「止まらない笑顔」の背景には、UCLAで学んだ心理学の影響もあるといいます。
感情表現の大切さを学術的に学んだことで、「感情を素直に出すことが大切」という確信が生まれ、それがそのまま演技に乗り移ったのでしょう。
「Maybe I’m just happy. I’ve got no poker face.(ただ幸せなんだよ。ポーカーフェイスなんて無理)」という本人の言葉が、全てを説明しているような気がします。
アリサ・リウが証明した「美しい人生」
さて、ここまでアリサ・リウという人物の様々な側面を見てきましたが、最後に少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
なぜこれほどまでに多くの人がアリサに惹かれるのでしょうか。
「Whoopsies!」と笑い飛ばす精神と、遠回りを肯定する20歳の哲学
ひとつには、彼女の演じるスケートが「喜びに満ちている」からだと思います。
かつてのフィギュアスケートの女王たちは、勝利への執念と完璧主義の重圧を背負って氷の上に立つイメージがありました。
もちろん、その姿には崇高な美しさがあります。
でも、演技中にミスをしても「Whoopsies!」と笑い飛ばし、終わった後に真っ先に観客へ笑顔を向けるアリサの姿は、「スケートってこんなに楽しいんだ」という新鮮な驚きを与えてくれます。
Yahoo Sportsが「史上最も幸せなオリンピアン」と形容したのも、あながち大げさではないでしょう。
もうひとつには、彼女のストーリーに「遠回りの肯定」があるからではないかと思います。
「才能があるなら一直線に頂点を目指すべき」——そういう価値観が根強い世界で、彼女は16歳で頂点への道を自ら外れ、2年間という時間をかけて自分を取り戻し、そして戻ってきました。
「遠回りしたって、自分のペースで戻ってくればいい」というメッセージは、アスリートだけでなく、人生のどこかで立ち止まった経験を持つ全ての人に届くものがあります。
演技の選曲もその哲学を体現しています。
2025年の世界選手権で使用したドナ・サマーの「MacArthur Park」は、スケート界では異色の選択でしたが、観客を総立ちにして踊らせた。
「感情を伝えたくて選曲する」という姿勢が、音楽と演技の間に橋を架け、観客との一体感を生み出しているのです。
父の亡命者としての誇りと覚悟、中国当局の監視という理不尽、母親不在で育った独特の家族愛、16歳での引退と自由への渇望、ヒマラヤの丘を歩く牛の話、スキー旅行でのアドレナリン再燃——これらが全部ひっくるめて「アリサ・リウ」という一人の人間を作っています。
五輪後のNBCインタビューで彼女はこう語りました。
「メダルはボーナス。ただここにいたいと思ったから勝てた」と。
その言葉は、読んだ人の心にそのまま響いてくるのではないでしょうか。
そしてこんな言葉も残しています。
「美しい人生の物語がある。愛されていると感じる」と。
金メダルをボーナスと呼び、笑顔を武器に氷の上に立つ20歳の女の子。
彼女が教えてくれる幸福の定義は、シンプルでいて、なかなか辿り着けないものです。
「今いる場所にいたいと思えること」——それが、アリサ・リウが体を張って証明してみせた、一番大切なことなのかもしれません。
次シーズンも、木の年輪が1本増えたストライプヘアと口元に光るジュエリー、そして止まらない笑顔とともに、アリサ・リウは氷の上に立つことでしょう。
その演技の中に、また新しい物語が生まれているはずです。





