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マツキタツヤ(八ツ波樹)を隠し続けた小学館が批判される理由

マツキタツヤ(八ツ波樹)原作の漫画
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「性加害、性搾取、あらゆる人権侵害を決して許しません。」

これは小学館が自社の声明文に記した言葉です。

ところが同じ声明の中に、こんな事実が淡々と書かれていました。

「2024年8月29日、マンガワン編集者がマツキタツヤ氏のSNSアカウントに面会を打診しました」——つまり、編集部が自ら性犯罪歴のある人物に声をかけて起用したということです。

「許さない」と言いながら、手は加害者を呼び戻していた。

この矛盾を目にした瞬間、多くの読者が言葉を失ったのではないでしょうか。

しかもこれは、山本章一(別名義・一路一)の隠蔽起用問題が発覚してからわずか数日後のことでした。

「また同じことを」

「懲りていない」

「体質が染みついている」

SNSに広がった怒りは、単なる感情的な反応ではありませんでした。

今回の記事では、マツキタツヤという人物をめぐる事件の全容から、小学館への批判が収まらない理由まで、できる限り丁寧に掘り下げていきます。

怒りを感じている方の気持ちに、少しでも寄り添えればと思います。

マツキタツヤとはどんな人物か

まず、この騒動の中心にいる人物について整理しておきましょう。

マツキタツヤ(本名:松木達哉、1991年5月29日生まれ、北海道出身)は、日本大学芸術学部映画学科を卒業後、映像業界での経験を経て漫画原作者に転身しました。

「原作者が一番強い」という言葉を残しているように、自分のビジョンを作品に直接反映できる立場に魅力を感じていたようです。

2017年に作画担当の宇佐崎しろさんとコンビを組み、2018年から週刊少年ジャンプで『アクタージュ act-age』の連載をスタートさせます。

女優を目指す少女の成長を描いたこの作品は、「メソッド演技」という本格的な演技論を少年漫画に持ち込んだ異色作で、映画・演劇関係者からも高い評価を受けていました。

連載開始からわずか2年で単行本12巻・累計300万部超を達成し、舞台化の計画まで進んでいた人気絶頂の作品でした。

その絶頂の最中に、事件が起きます。

2020年の事件|見落とせない「常習性」という事実

2020年6月18日の夜、東京都中野区の路上で事件は起きました。

マツキタツヤ(当時29歳)は自転車に乗りながら、前を歩く女子中学生(13〜14歳程度)を追い抜く際に胸を触る行為を行いました。

被害者が帰宅後に親へ相談し110番通報、防犯カメラ映像から松木が特定され、同年8月8日に逮捕されました。

逮捕後の供述で松木は「ストレス発散のために自転車に乗っていた」と述べています。

この言葉に、強い不快感を覚えた方も多いでしょう。

見知らぬ中学生を「ストレスのはけ口」として扱う——被害者の存在を人として認識していない感覚がにじみ出ているように感じるからです。

 

さらに、同じ日の約1時間後に別の女子中学生にも同様の行為をしていたことが判明し、再逮捕・起訴に至りました。

そしてここで、多くの報道では触れられていない重要な事実があります。

裁判の過程で、松木は「今回が初めてではなく、同様の行為を常習的に繰り返していた」と自供していたとされています。

つまり、立件された2件の被害者だけでなく、名前も知られていない被害者が複数存在する可能性があるということ。

示談が成立したのは立件された1件のみ。

賠償を受けていない被害者が存在するかもしれないという事実を、小学館は把握した上で「更生が十分」と判断し起用したのでしょうか。

 

しかし、この常習性という視点は、「執行猶予が満了したから更生完了」という論理の薄さを、より鮮明に浮かび上がらせます。

2020年12月23日、東京地裁は懲役1年6ヶ月、執行猶予3年(実刑免除)の有罪判決を言い渡しました。

判決文には「非のない被害者を理不尽にもストレスのはけ口にした」「年少被害者の精神的衝撃は大きい」と記されています。

被害者が背負ったものは、夜道への恐怖、突然よみがえるフラッシュバック、日常生活の喪失です。

これらは決して、時間が経てば消えるものではありません。

集英社は2日で決断した

マツキタツヤが逮捕されたのは2020年8月8日。

集英社が連載終了を公表したのは、その2日後の8月10日です。

事実確認、作画担当の宇佐崎しろさんとの協議、連載終了の決定——この全てを48時間以内に完了させました。

翌11日発売号をもって連載終了。

単行本既刊全12巻の無期限出荷停止・廃盤、電子書籍の配信終了、舞台化計画の白紙撤回まで、累計300万部超の人気作を未完のまま市場から完全に消すという決断をしたのです。

 

集英社の声明はシンプルで明快でした。

「事件の内容と週刊少年ジャンプの社会的責任の大きさを深刻に受け止め——」

言い訳なし、損得勘定なし。

 

そしてこの騒動で、もう一人忘れられない言葉を残した人がいます。

作画担当の宇佐崎しろさんです。

逮捕から16日後の2020年8月24日、宇佐崎さんはSNSにコメントを発表しました。

「作品を惜しむ声が被害に遭われた方に対しての重圧となることは、絶対に避けるべきです」

「被害に遭われた方が声を上げたこと、苦痛を我慢して泣き寝入りしなかったことは決して間違いではありません」

「私も漫画に救われて生きています。やりきれない気持ちでいっぱいです。ですがその愛を間違った方向に暴力として向けるのは絶対にやめてください」

自分が長年描き続けた作品を突然失った当事者が、それでも被害者を守ることを最優先にした言葉を選んだのです。

 

2026年の今、この言葉は再び拡散されています。

「擁護派はこのコメントを読んだのか」という問いかけとともに。

「罪を償っているんだからいいじゃないか」と言う人に、宇佐崎さんの言葉が届いてほしいと、心から思います。

小学館は1年半、知りながら黙っていた

判決確定から3年後の2024年1月頃、マツキタツヤの執行猶予が満了しました。

その8ヶ月後の2024年8月29日、小学館マンガワンの編集者がマツキタツヤのSNSアカウントに接触し、面会を打診。

9月6日に対面し、反省の姿勢・再発防止への取り組みを確認。

担当心理士による「更生が十分」という評価も踏まえ、当時の編集長の了承を得て起用を決定。

2025年8月から、八ツ波樹名義で『星霜の心理士』の連載が始まりました。

 

この間、読者には何も告げられていません。

 

そして2026年3月2日、週刊文春が質問状を送付し「詳報掲載予定」と予告した同日の夜——小学館は「憶測が広まりつつある現状を鑑みて」という一文を添えて、プレスリリースを公開しました。

自発的な情報公開ではなく、文春に追い立てられた末の公表だったということです。

「バレなければ、そのまま続けるつもりだったのではないか」——多くの読者がそう感じたのは、当然の反応だと思います。

しかもこの発覚は、山本章一(常人仮面原作者・別名義一路一)の隠蔽問題が炎上してから数日後のことでした。

2020年にほぼ同時期に逮捕されたふたりが、どちらもマンガワンで別名義復帰していた——この「偶然の一致」に、読者は偶然とは思えない体質の問題を感じ取りました。

「許さない」と言いながら2人を起用したダブルスタンダード

小学館の声明文には「性加害、性搾取、あらゆる人権侵害を決して許しません」という強い言葉が並んでいます。

でも実際に起きていたことを並べてみると、言葉と行動の乖離が浮かび上がってきます。

 

山本章一は2020年に罰金刑を終えた後、2022年12月から一路一名義でマンガワンに復帰。

マツキタツヤは2024年に執行猶予が満了すると、編集部から積極的に接触を受け、2025年8月から八ツ波樹名義で連載開始。

ふたりとも2020年の逮捕組であり、どちらもマンガワンで別名義復帰という同じパターンをたどっています。

「性犯罪歴のある原作者を連続で拾っている」

「気にしない部署があるのではないか」

このような疑念が広がるのは、むしろ当然のことではないでしょうか。

 

さらに読者が引っかかったのが、ふたりへの対応の温度差です。

山本章一問題については「これから第三者委員会で調査します」として詳細を曖昧に。

マツキタツヤ問題については、接触日・面会日・心理士の評価・作画担当への説明まで、詳細な経緯を自ら公開。

「なぜ片方は調査中で、もう片方は説明できるのか」

この疑問は、「被害者の傷の重さではなく、出版社の都合で対応を変えている」という印象を強めました。

山本章一問題は編集部員が示談交渉に関与していたという深刻な事実があり、詳細を出せない事情があるのかもしれません。

でも読者の目には、「隠せる情報は隠す、美化できる案件は詳細を出す」という選択的な透明性に映ってしまいます。

「被害者への配慮」が最大の二次加害になった皮肉

小学館がペンネーム変更の理由として挙げたのが、「旧名義だと被害者の記憶を呼び起こす恐れがある」という説明でした。

この言葉に、SNSでは激しい反発が起きました。

「なーにが被害者への配慮だ」

「うっかり被害者がそのマンガ読んだらどうすんじゃ」

この怒りの言葉が、問題の核心を鋭く突いています。

 

少し想像してみてください。

当時の被害者は今、10代後半から20代前半の女性になっているはずです。

たまたまマンガワンを開いて、『星霜の心理士』を読み始めたとします。

心理カウンセリングを描いたストーリーを読み進めるうちに、何か引っかかりを覚える。

作者名を検索してみると——過去の事件にたどり着く。

これは「うっかり」ではありません。

出版社が意図的に情報を隠した結果として生じた、最悪の二次加害だと言えるでしょう。

「旧名義を使わないことが配慮」と言うなら、読者への情報開示こそが本当の配慮だったはずです。

知った上で読むかどうかを、読者自身に選ばせる。

その選択肢を最初から消しておきながら「被害者への配慮」と言い張る姿勢が、読者の怒りをこれ以上ないほどに燃やしているのです。

作品テーマ「カウンセリング」への怒りが消えない理由

今回の問題でもう一つ、多くの人の神経を逆撫でしたのが、『星霜の心理士』という作品のテーマそのものです。

この作品の原案を書いた動機について、マツキタツヤは「事件後に受けたカウンセリングへの感銘」を挙げています。

つまり、加害者が自分自身の犯罪後体験を題材にして、更生と贖罪の物語を商業漫画として売り出しているということです。

なぜ、これが問題なのか?

というのも、被害者たちも同じように、事件後からずっとカウンセリングを受け続けているはずだからです。

でも被害者のカウンセリングは「感動の物語」にはなりません

フラッシュバックと戦い、日常を取り戻すための、苦しく長い闘いが続くだけです。

その一方で加害者は、自分がカウンセリングで得た「気づき」を感動コンテンツに変換し、収益を得ようとしている。

読者が「癒された」「勇気をもらった」と感じる部分は、被害者の人生が傷ついた代償の上に成り立っているという現実。

これを「加害者の犯罪体験の搾取」「被害者の苦しみを踏み台にしている」と感じた人が多かったのは、決して感情的な過反応ではありません。

 

これは決して、更生すること自体を否定しているのではありません。

「更生したいなら、表舞台に出ない形でやれ」「どうしても創作したいなら、商業連載ではなく同人誌でやればいい」という声は、被害者の平穏を加害者の創作欲より優先すべきだという、至極まっとうな主張です。

それを小学館は「社会復帰を否定すべきではない」という言葉で退け、商業連載の枠を与えた。

「性犯罪者に連載の枠を与えるな」という怒りは、そこから来ているのではないでしょうか。

巻き込まれた作画担当・雪平薫さんの立場

この騒動で忘れてはならない存在が、作画担当の雪平薫さんです。

小学館の説明によれば、雪平さんには事前に原作者の素性を説明し、了解を得た上で連載を進めていたとのことです。

でも「了解した」という事実が、「自由な意思で選択できた」ことを必ずしも意味するわけではありません。

出版社から「この人の原作で描きませんか、過去にこういう経緯があります」と打診されたとき、若い漫画家がどれほど断りにくい状況に置かれていたか。

「雪平先生が可哀想」「断れる立場じゃなかったのでは」という声が広がったのは、そうした想像から来ています。

アクタージュ事件のとき、宇佐崎しろさんが自分の作品を突然失った——その悲劇が、また別の形で繰り返されようとしています。

加害者に起因するトラブルで、無関係の作画担当が傷つく構図がまた生まれてしまった。

この繰り返しに対する怒りも、今回の批判の一部を形成しています。

小学館と集英社|被害者への向き合い方の決定的な差

同じ人物の事件に対して、集英社と小学館がとった行動を並べると、その差は一目瞭然です。

 

  • 集英社は逮捕2日後に連載終了を決断し、単行本廃盤・電子配信終了・舞台化中止まで徹底。
  • 小学館は犯歴を把握してから約1年半、文春に追い立てられるまで公表せず。

 

  • 集英社の声明は「社会的責任の大きさを深刻に受け止め」と被害者・社会を向いていた。
  • 小学館の声明は「執行猶予満了・更生評価・社会復帰を否定すべきではない」と、起用の正当化を向いていた。

 

  • 集英社は作品を「消す」決断で被害者を守ろうとした。
  • 小学館は「被害者配慮のためのペンネーム変更」と言いながら、読者には何も知らせなかった。

 

この対比を見るとき、ふたつの出版社が「被害者を優先するとはどういうことか」についてまったく異なる答えを持っていることがわかります。

集英社の対応が「基準」として語られ、小学館の対応が厳しく批判される理由は、この根本姿勢の差にあります。

「小学館は性加害や小児性加害を大したことだと思っていない人たちの会社だとよくわかった」——SNSに流れたこの言葉は、激しいですが、多くの人が感じた本音を代弁しているのかもしれません。

第三者委員会設置は「今さら」なのか

2026年3月3日現在、小学館は第三者委員会を格上げして調査を継続中です。

『星霜の心理士』の更新は一時停止、損害対応も発表されました。

でも読者の多くが「今さら」「形だけ」と受け止めているのはなぜでしょうか。

 

ひとつは、山本章一問題での「第三者委員会設置」から日が浅く、その結果もまだ出ていない段階で同じ対応を繰り返しているからです。

もうひとつは、問題の本質が「個別の判断ミス」ではなく「体質そのもの」にあると感じられているからです。

2020年の逮捕組をふたりとも別名義で起用していたという事実は、偶然の産物とは考えにくい。

「性犯罪歴があっても才能があれば起用できる」という暗黙の基準が、組織の中に存在していたのではないか

この疑念に対して、第三者委員会が答えを出せるかどうか。

高橋留美子さんのような大御所までがマンガワンでの配信停止を表明し、作家離脱の連鎖が続く中、小学館ブランド全体への信頼が揺らいでいます。

「マンガワンのアプリを消した」「小学館の本はしばらく買えない」という声は、感情的なボイコットではありません。

「この出版社が出す作品の裏に、何が隠れているかわからない」という、根本的な不信感から来る行動です。

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加害者を許すべきか否か論争について

今回の騒動を通じて浮かび上がってきたのは、「加害者を許すべきか否か」という単純な問いではありません。

もっと根本的な問いです。

出版社が「被害者を守る」と言うとき、その言葉は誰に向けて発せられているのか

「社会復帰を支援する」と言うとき、そこに被害者の視点は存在しているのか

「人権を守る」と言うとき、守られているのは本当に弱い立場の人なのか

 

法律的な制約がなくなった後に、加害者が社会に戻る道を閉ざすことが正解だとは言いません。

でも商業的な表舞台に復帰させることと、被害者の平穏を守ることは、同時に成立しないケースがあります。

「更生したいなら、被害者の目に触れない場所でやってほしい」という声は、加害者の存在を社会から消したいという願いではなく、被害者が安心して生きていける空間を守ってほしいという、切実な訴えです。

 

宇佐崎しろさんがあのとき言った言葉を、もう一度思い出します。

「被害に遭われた方が声を上げたこと、苦痛を我慢して泣き寝入りしなかったことは決して間違いではありません。」

この言葉は、2020年のものです。

そして、2026年の今も、同じ重さで私たちに届きます。

漫画を楽しむ読者が安心して作品を手に取れること、被害者が加害者の「成功話」に傷つかずに済む社会を作ること——それは法律でも委員会でもなく、業界全体の意識と覚悟から始まるものだと思います。

小学館が「言葉」ではなく「行動」でその覚悟を示す日が来ることを、多くの読者が待っています。

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