「なんか気持ち悪くて、途中でテレビから目を背けてしまった」
2026年2月22日、大阪マラソンの中継を観ていてそう感じた人が、全国にかなりいたようです。
レースで圧倒的な独走を見せた吉田響選手(23歳・サンベルクス)の走りそのものより、その「見た目」のほうが先に話題になってしまったのですから、それも無理はないかもしれません。
顔から首、腕、足首まで、びっしりと貼りつけられた黒い丸いシール。
中継でアップになるたびに、思わず目を細めてしまった人、チャンネルを変えようとした人、「なんか…ムリかも」と声を出してしまった人。
そういった「見られない」反応をした人のほとんどが、おそらく集合体恐怖症(トライポフォビア)の持ち主か、それに近い感覚を持つ人たちだったのではないでしょうか。
SNSでは
「集合体恐怖症の私には無理なビジュアル」
「集合体恐怖症にとっては脅威だわ」
「アップになると怖くて見てられなかった」
という声が続々と投稿されました。
そんな私も集合体恐怖症なのですごく気持ちがわかります。
この記事はそんな「見られなかった人たち」の側に立ちながら、あのシールが何なのか、なぜあんなに貼るのか、そしてこれが今後どうなっていくのかを掘り下げていきます。
目次
あの「黒い丸」がどうしても見られない人たち
まずはっきり言っておきたいのですが、あの見た目に不快感を覚えた人は、感覚がおかしいわけでも、心が弱いわけでもありません。
集合体恐怖症、英語でトライポフォビア(trypophobia)といいますが、これは密集した穴や斑点、丸いものの集まりに強い不快感や恐怖を感じる症状のことです。
蜂の巣、蓮の実、タコの吸盤、スポンジの断面……そういった「ぶつぶつ」したものを見ると、ゾワゾワしたり、鳥肌が立ったり、なんなら吐き気を感じたりする人がいます。
有病率は研究によって異なりますが、人口の15〜20%程度に何らかのトライポフォビア的な反応があるとされています。
5人に1人、あるいは7人に1人くらいの割合で「ちょっとムリかも」と感じる人がいる、ということです(私もまさにそれに当てはまる)。
そう考えると、吉田選手の全身テープが中継でアップになった瞬間に「見られない」と感じた人がかなりいたのも、数字的には十分納得できる話です。
Xには「瞬間的にやばいやつ」「怖い」「鳥肌立つ」「脚までびっしり貼ってる、最悪の見た目(本人の努力は尊重してます)」といった正直な声があふれていました。
「悪気はないんです、蓮コラ(よいこは検索しちゃいけません)を想像してしまっただけなんです」というポストには、多くの人が「わかる」とうなずいたのではないでしょうか。
なぜあの黒い丸が「そう見えてしまう」のか
トライポフォビアが起こるメカニズムについては、進化心理学の観点から面白い説明があります。
英国エセックス大学の研究(2013年)によれば、密集した穴や斑点のパターンは、毒を持つ生物の皮膚や巣のパターンと視覚的に似ているとされています。
タコ、コブラ、毒キノコ……人類が長い歴史の中で「近づくな」と学習してきた存在の見た目と、あのパターンが脳内で結びついてしまうのです。
「危険かもしれない」という本能的なアラームが、見た瞬間に鳴り響く感じ、といえばわかりやすいでしょうか。
吉田選手の全身に貼られた黒い丸の密集は、まさにそのアラームを押してしまうビジュアルだったわけです。
これは選手への悪意でも批判でもなく、人間の脳が持つ原始的な防衛反応であり、「見てしまったら怖かった」という感覚はいたって自然なことといえます。
日本では2ちゃんねる時代から「蓮コラ」(蓮の穴を合成したコラージュ画像)文化があり、トライポフォビアへの認知度が比較的高い国でもあります。
だからこそXでの反応も早く、レース開始から数十分のうちに「見られない」「無理」という声がトレンドに乗っていったのでしょう。
結局あのシールは何だったのか?正体と目的
「見られない」という感情は十分わかった上で、それでも気になるのが「じゃあアレって何なの?」という疑問ですよね。
正体はファイテン社が販売する「パワーテープ」というボディケアアイテムです。
スポーツ用品店やドラッグストアでも普通に買えるもので、価格は70枚入りで約700円。
「え、市販品なの?」と驚いた視聴者が多かったのも無理はありません。あれだけ全身に貼られていると、最先端の医療機器か何かに見えてしまいますから。
テープの粘着面には炭化チタンがコーティングされており、ファイテン社独自の「アクアチタン技術」によってチタンをナノレベルで水溶化し、生地にしみ込ませた状態で体に作用します。
チタンは体内を流れる生体電流(微弱な電気信号)に働きかけることで、筋肉の緊張をほぐし、血流を改善する効果があるとされています。
東洋医学のツボ刺激の考え方も取り入れており、気になる部位に貼るだけでコンディションを整えてくれるというコンセプトです。
NHKの中継でアナウンサーが「筋力のリラックスを期待して貼っているそうです」と紹介していましたが、吉田選手の場合はかなり戦略的に貼り場所を選んでいます。
こめかみには「太陽」と呼ばれるツボがあり、集中力の維持や目の疲れ、ストレス緩和を狙ったもの。
首の胸鎖乳突筋には、体重の約10%もある頭の重さを支える負担を軽減し、呼吸を楽にする効果を期待。
二の腕の裏側には腕振りをスムーズにする目的で、腸腰筋(おなかの奥の筋肉)には体幹のバランス維持のために貼っています。
初マラソンで日本記録(2時間4分55秒)を狙うという高い目標に向けて、体のあらゆるポイントをケアしようとした結果が、あの「全身びっしり」になったわけです。
ドーピングについて心配した視聴者もいたようですが、パワーテープは薬品成分を一切含まず、無地タイプは大会ルールにも対応しています。安全面では何の問題もありません。
「見られなかった人」と「応援していた人」の間で起きていたこと
おもしろいのは、SNSのタイムラインを見ると「怖くて見てられない」と「全身ファイテンで草、キャラ立ちすぎ!」という正反対のポストが同時に流れていたことです。
集合体恐怖症の人にとっては恐怖体験だったものが、別の人には「個性的すぎて笑える」エンタメになっていた。
これ、同じ映像を見ているのに、こんなに体験が違うのかと少し驚かされます。
「ポルカドットマンみたい」「ジョジョかよ」「耳なし芳一みたい」「顔にタピオカつけてんの?」という表現は、ユーモアで不快感を中和しようとする反応です。
日本のネット文化には、怖いものや気持ち悪いものを「大喜利」にして笑いに変える伝統があります。
その流れで「吉田響テープ大喜利」が自然発生していたのは、ある意味で集合体恐怖症への一つの集合的な対処法だったのかもしれません。
一方で「集合体恐怖症の人が見られないという意見が多いから、そこはどうにかしてほしい」という、中継側への改善要望も出ていました。
「薄い色にしてもらえれば」「アップにする前に一言警告を」といった声は、恐怖症への配慮という観点から、実は真剣に考えるべき問いかけかもしれません。
もし今後「全身テープ選手」が増えたら…正直な不安を言語化する
ここで少し先のことを考えてみたいのですが、パワーテープの効果が広く知られ、吉田選手の使い方が「あり」だとわかってきたとき、今後同じような選手が増える可能性はあります。
マラソンだけでなく、駅伝、トラック種目、あるいは他のスポーツにも広がるかもしれない。
そうなったとき、集合体恐怖症の人たちはどうなるのでしょうか。
今回は「吉田響選手だけ」だったから話題になりましたが、もし複数の選手が同じようなテープを全身に貼ってレースに出てきたら、中継を観るだけで消耗してしまう人が出てくるかもしれません。
もちろん選手側に「見た目を配慮して」と言えるはずもなく、これはあくまで中継や報道側の問題として考えるべきことです。
たとえばアップを多用しない、使用アイテムの事前告知をするなど、小さな配慮だけでも見ている人の体験はかなり変わります。
視聴者の中に一定数の集合体恐怖症の人がいることは、もはや統計的に明らかです。
スポーツ中継はエンタメであると同時に、幅広い人が楽しめる場であってほしいというのは、わがままな要望ではないと思います。
パワーテープ自体は選手のパフォーマンスを支える正当なアイテムです。
でも「見る側の体験」という視点も、これからの時代は少しずつ考慮されていくべきなのかもしれません。
それでも吉田響は全力で走った
集合体恐怖症の話を丁寧にしてきましたが、最後に忘れてはならないのが、あのテープを全身に貼った吉田響選手本人のことです。
初マラソンで日本記録を狙い、8km過ぎには独走態勢に入り、30kmまで日本新記録ペースで走り続けた。
終盤37km付近で失速し、最終タイムは2時間9分34秒(日本人6位)。
日本記録更新とMGC出場権は逃しましたが、それでもゴール後に倒れ込んでスタッフに介助されるほど、全力を出し切ったことは間違いありません。
レース中、給水に失敗してもコーチにVサインを送り、ゴミをきちんとゴミ箱に捨てる余裕を見せた。
そのキャラクターに「見てて応援したくなる」「テープ効果ないんか(笑)でもよく頑張った!」と、共感と笑いが混ざった温かい声が集まったのも当然です。
Xで「耳なし芳一みたい」「全身シール帳みたいになってる」と笑われながらも、それすら話題になって多くの人に陸上競技の面白さを届けた。
見られなかった人も、笑った人も、応援した人も、みんなが吉田響という選手に何かを感じた日だったのではないでしょうか。
パワーテープという小道具が引き起こした「見られない」という反応が、逆に集合体恐怖症という症状への関心と理解を広げるきっかけになったなら、それはそれで意味のあることだったのかもしれません(それでも私はムリだけど)。





